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昔、杵築の方より巨烏翔り来たりて、畑田にて羽撃き、波積に留まりて多くの羽ねを積んだ為、此の地を羽積と申しましたが、後に津波が押し寄せた為波積と改めたと伝えられています。近くに熊野山岩滝と言う名勝があり、この滝には古来竜が住んでいました、この竜は神の言う事を聞かずあばれてばかりいたので、神さまは人石の巨人に退治する様に仰せになり、巨人は背負っていた靫から矢を取り竜を射た、竜は驚いて巨人目掛けて飛び掛かった、勢いよく飛びすぎて巨人を飛び越え、遠い那智の滝の飛瀧神社まで飛んで行ってしまった、巨人は驚いて弓を放り投げてしまった。その弓が波積の国時山の下の弓木山と伝へられています。大神は此の竜を岩瀧寺滝の岩に閉じ込め暴れないようにされました。太古より今に至るまで竜神となって滝の中腹に留り、瀧の水を護って居るのであります。矢は竜には当らずそのまま飛んて鳥浜の大島に当ったので男島と女島になったと言れています。又、スサノオには三人の娘がいました。末の市杵島姫は安芸の宮島に、姉神は尾浜の大島に来たけれどそのあまりの小ささに泣いたので女島が生れたとの事です。
早艸はこの姉神の造った八重垣の一部と思われます。早艸庵の焼物は灰釉を碁に素朴な美しさを保ち生活に密着した作品を目ざして努力したいと思っています。早艸は「さくさ」とも読みます。
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