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【ところ】
出雲の国広瀬は、その昔山陰の鎌倉と謳われ、山陰山陽十一ケ国を統治した尼子氏の居城(月山富田城)のあった山あいの郷です。月山の麓を流れる富田川ぞいに八幡宮の森かげで煙をあげて いるのが八幡焼窯元です。
【おいたち】
当窯は享保八年(一七二三年)富田八幡宮の神官、竹矢豊前と藩士、能谷由武とによりはじめられ、萩から陶工を招き、日用雑器を製造するようになり、松平広瀬藩、藩営の窯となりました。その後、世は明治に移り民営となり、秦家(灰吹屋)がこれを受継ぎ経営することとなり、伝統を守りながら今に至っております。
【いまころ】
八幡焼は青釉薬を特色として、殊にその青釉をほどこした食器をはじめとする作品は、広く愛用されています。
近年、釉薬と焼成の研究によって、木ノ葉天目、又、地元産の含鉄鉱による鉄釉窯変の陶筥、花器、そして、赤泥の焼締等、伝統を踏まえながら現代に則した新しい作品づくりに、日夜心を砕いております。
皆様のおこしをお待ちしておリます。
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