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此処“佐世の森.は、八岐大蛇を退治した素盞鳴尊と稲田姫が勝利の踊を舞ったと出雲国風土記に伝える神話の地です。
"神代窯”は、その白神谷に育まれた土を釉薬に用い土の神秘をより美しく謳い上げたいと念願してまいりました。
朝鮮に生まれた先達陶工の足跡を私なりに辿りながら心惹かれる高麗茶碗、殊に伊羅保茶碗や柿の蔕茶碗、井戸茶碗の再現に飽くなき研究を続けて居ります。
柿の蔕茶碗は、現在チベット人も用いていますが、それが何故高麗時代に新羅で作られたのか、この幽玄な茶碗を作った新羅人に思いを致しますと、新羅の古墳から発掘されたフン族が行う頭蓋変形の人骨から新羅人は、古代中国北方を拠点とした胡・山の民匈奴とみられ、源流を辿ると紀元前六千年頃アムール人と称しイスラエル沿岸部に拠り前四千年頃は匈牙利に定跡を遺しその共同墓から発掘された陶製品は高麗茶碗の色調そのものです。匈奴とはこの地名の略称と言われます。
殷の孫・匈奴は新羅を建てた突蕨で、素箋鳴(檀君)を奉ずる熊襲です。
アラビアの幽鬼信仰、インドのヒンズー教・鉄に起源するヒッタイトの大蛇退治神話を有する新羅人はその長大なルーツを茶碗に託して"幽玄"の境地を表出したものと思います。
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