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錦山焼は出雲の国(島根県東部)安来市にあり「安来節と泥鱒掬い踊」の本場で良く御存知と思います。錦山焼の創窯は、安政元年に松平藩の御用商人、油屋宗右衛門が興し、明治初期に後藤長石衛門が一切を譲り受け明治二〇年後期に三代目を中島広太郎が継ぎましたが当時は窯場のことを「カラチ場とかさらやま皿山」と呼んで地元の人々に親しまれていました。其頃の町の素封家「並河理二郎翁」に中海の一部(古名=錦ケ浦)に因んで「錦山」と命名して頂きました明治三〇年後半に至り、第四代を中島秀市が伝承し以降凡そ五〇年間を錦山焼の発展に努め特に作品の形態と色調の組合せと同時に(辰砂柚(赤色)と鉄粕・白色柚に想を掛けて奮闘盡力し一層錦山焼を皆様に愛して頂ける様努めましたが昭和二二八年に惜しくも長逝するに至りました。次いで第五代を中島武男が継承し一層の発展に努め特に呉須粕と青磁柚・飴粕等の調合発色に励み努めて現在に及んで参りました。今後も皆様方のくらし日々のお生活の風雅の御手伝いの一助にでもなり得ますならばと念じっ)精進させて頂きますので何卒よろしく御批判と一層の御愛顧の程をお願い申し上げます。
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