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ソバと日本人のつきあいはずいぶん古いという。縄文遺跡からソバの花粉が発見されるというから、そのつきあいは一万年におよぶ。人びとはソバをどのようにして食べていたのか。粉にする技術はまだなかったろうから、粒で食べていたのだろう。やがて石臼が出現して粉にひくことができるようになると、そばがきにして準主食としたのではなかろうか。そばは五穀のなかに入っていないが、播種してわずか百日以内で収穫できるので、備荒食料としてうってつけであった。そばきりという麺にして食べるようになるのは、文献の上では戦国末期をさかのぼることはできないらしい。そばきりは庶民の御馳走で、祭りのときや大晦日に食べたものだ。出雲のそばきりは、松平直政が信州松本から松江へ轉封になったとき、伝えられたものと言われている。庶民にとってはもちろん御馳走だったが、上流武士の間へも流入するようになる。茶人大名松平不昧も大のそば好きだった。
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そばの栄養学
ソバは非常に優秀な穀類である

そば料理と栄養について

薬味について

 
著者紹介
中塚敏之(なかつか・としゆき)
昭昭和22年(1947)生まれ。昭和45年(1970)島根大学農学部農芸化学科卒業。昭和48年(1973)大阪府立大学農学部農学研究科 修士課程修了後、島根県立島根女子短期大学家政科食物教室 栄養学・生化学担当。昭和63年(1988)農学博士号取得。
 
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出雲地方では蕎麦は色が黒いという固定観念があるものですから、白つぼい蕎麦を出すと、つなぎが多いとか風味がないとか言います。食べ物のおいしさには視覚が影響しますから固定観念を完全に否定しきることはできない気がします。しかし出雲蕎麦というと、信州や東京の蕎麦に比べて色が黒い、そこがうまいと言われていることには大いなる誤解をも含んでいます。外皮(鬼皮)、つまり黒い殻は味もないし栄養面で言ってもタンパク質もなく、繊維質という消化できないものばかりだと思います。ただ、ルチンを含んでいることがわかってきました。出雲蕎麦は、原初的な蕎麦粉のつくり方だろうと思いますが、黒い外皮のついた玄蕎麦の状態のまま挽きこんで、粉にしたものですから色が黒いのです。殻のまま石臼で挽いて、ふるいにかけて粉を取り出します。今、松江のある蕎麦屋さんでは二ないし三度挽きして、できる限りロスのないようにしているようです。
一方、全国的にこだわりの蕎麦屋さんが石臼挽きで自家製扮しているのは、ほとんど、黒い殻(外皮)を取り除いた「抜き」(丸ぬきともいう)の状態で、薄緑色の甘皮つきの状態で挽きこんでいます。
「挽きぐるみ」と言う時に、この丸抜きから挽きこんだものか、出雲蕎麦のように玄蕎麦の挽きぐるみなのか、混同しやすい面がありますので、とらえ方を区別して表現しないといけないと思います。
蕎麦に限らず米とか麦もいっしょなんですけれども、本来種子というのは中心部ほど澱粉で、外にいくほどタンパク質とかビタミンとかミネラルが多く含まれています。その部分に旨みがあると思います。
中心部の真っ白な蕎麦というのは更科粉といいますが、これは玄蕎麦からまず「割れ」というのをつくるんです。割れというのは、大きく割れたり小さく割れたりしますので、大割れとか小割れとかいいまして、一つの粒が二つ、三つに割れます。それを唐箕(とおみ)や篩(ふるい)にかけて、外皮を除きます。そして残った大割れの部分を粗く挽いてやると、最初に中心部が出てきます。この
真っ白い澱粉質の、中心部の粉を、更科粉あるいは御前粉といいます。
そうしますと、
米と同じで蕎麦も中心部だけよりも外側の方に香りとか旨みがあると思います。そうかといって、一番外側の里皮には旨みや香りはほとんどないと思います。この外皮を取り除いた「丸抜き」という甘皮つきの薄い緑色のかかった割れていない蕎麦の実を挽いてやれば香りも何もすべてあるというふうに思います。
蕎麦は五穀の中に入っていませんが、雑穀も含めてタンパク質の栄養価が一番高いのです。タンパク質の栄養価というのは、必須アミノ酸のバランスというのがありまして、米とか麦とかいうイネ科の植物は、トウモロコシもですが、リジンという必須アミノ酸が極端に少ないですが、
蕎麦の場合、ほとんど必須アミノ酸をバランスよく含んでいて、アミノ酸価というタンパク質の質の良否を決める一つの指数といいますか、それを満点で百としますと、92なんです。小麦はこれが非常に低くて、44という値です。米が65です。米や麦に比して蕎麦は92ですから、ほとんど必須アミノ酸をバランスよく含んでいるといえます。
しかし、蕎麦の場合、ロイシン、イソロシンという二つの必須アミノ酸がほんのわずか少ないのです。百に対して、92前後といいますか、ほんの少し欠けているだけですので、非常に優秀なタンパク質ということになります。
今、地球上で主食と言われている穀類は炭水化物(澱粉)をとるわけですが、穀類というのはほとんどイネ科です。ところが蕎麦だけはご承知のようにタデ科という、植物としても全く違うものであり、中に含まれているタンパク質の質からいうと、イネ科とも全く違うということで、蕎麦というのは非常に優秀な穀類といいますか、植物性の食材ということになります。
蕎麦は各自の好みで、つなぎを使った蕎麦が良いと言う人がいます。喉越しを考えると、つなぎの入った方が良いと言う人もいます。
ところが出雲蕎麦の味わい方というのは、やはり喉越しよりも多少口の中で噛んで蕎麦の素朴な風味を楽しむという要素があります。この点に、出雲の蕎麦は、噛んで食べるところに意味があると思います。

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蕎麦のおいしさは、三たてといって、挽きたて、打ちたて、茄でたてと言われます。また新蕎麦がうまいといいますが、蕎麦通に言わせますと、収穫してすぐの蕎麦はまだ香りが草臭いといいますか、草の臭いが勝っていて、蕎麦本来の香りがしないので、二、三ケ月置いてからの方が落ち着いた香りがすると言います。
あるいは
挽いてすぐよりも、やはり一、二時間おいて落ち着いてからの方がいいという人もいるし、
打ちたてといっても麺にした後、やはり二、三時間木の容器−生舟といいますが−に入れて少し落ち着かせてから、茄でた方がおいしいという人もいます。
ただ、三たての中で、茄でたてというのは、麺類はどれもそうですが、茄でて時間をおくと麺が延びますので、これはできるだけ早く、茄でてすぐに食べた方がおいしいと思います。時間がたてば延びますから、食感の面から言えば早い方が良いと思います。蕎麦はうどんなどに比べて香りというのも一つの持味ですから、その香りが残っている状態で食べるのがいいということです。
栄養素の中でも今注目を集めている「ルチン」(ポリフェノールの一種)は、風味とは直接関係はありませんが、毛細血管を強くするとか、血圧を下げる効果があるとか、かつてはビタミンPと言われていた物質ですが、これは水に溶けやすいものですから、一番良い食べ方といいますか、蕎麦の持つ栄養素を百パーセント摂ることのできる食べ方としては蕎麦がきが一番良いと言えるかもしれません。
麺にした時には、これはもう出雲蕎麦の伝統的な食べ方である「釜揚げ蕎麦」です。茄でた蕎麦と蕎麦湯をそのままどんぶりに入れて、各自の好みの量のつゆを加えて食べる本来の出雲の釜揚げ蕎麦というのは、その中にルチンがいっぱい溶け出ていますので、栄養面からは一番良い食べ方です。
蕎麦粉だけの生蕎麦に対して、つなぎとして小麦粉を加える場合については、そのタンパク質の良否だけから見ると、小麦粉のアミノ酸価は低く、必須アミノ酸のバランスが悪いので、これをいっしょに混ぜこむと蕎麦のタンパク質の暦只が下がってしまいます。
蕎麦に小麦粉を加えると、蕎麦の方は栄養価は落ちます。逆に小麦粉の中に蕎麦を加えてやれば、極端に言えば「蕎麦入りうどん」なんていうのは、小麦粉の方の栄養価を上げることはできます。
それに比べ、
鶏卵を少し加えると、卵というのは非常に優秀な夕ンバク一質ですからプラスになります。さらに、蕎麦にはビタミンAが含まれていません。一方鶏卵はビタミンAを豊富に含んでいます。ですから、蕎麦に卵を加えるのは栄養的に良いと思います。
蕎麦を打つ時に、小麦粉を一割とか二割とか加えた方が麺がつながりやすく、初心者には打ちやすくなります。
熱湯を加えれば澱粉は糊化します。麺にする時、湯ごねと言いますが、熱湯を加えるのは、蕎麦の中の澱粉を糊化させてつなぎにする(ともつなぎ)というやり方です。
日本各地でいろいろなつなぎを使っていますが、大豆は非常にタンパク質の質が良くて、大豆には蕎麦に含まれる必須アミノ酸の中で少ないロイシン、イソロイシンというのが豊富にありますから、これを加えれば相乗効果が期待できます。
蕎麦は、食材として見るとほぼ理想的なバランスを保っています。少ないとすると油かもしれません。ですから、大豆はその点もともと植物性油を採る材料ですから、蕎麦とかけあわせれば本当に理想的な組み合わせだと思います。
油揚げをのせるなどはまさに日本人の知恵だと思います。
島根県の方で、いわゆる蕎麦がきの中に小豆餡みたいなものを入れたりする所もあるようです。これも大豆と同様に、効果があると思います。また、蕎麦がきに小豆の粒餡をかけたもの、蕎麦ぜんざいとか言って、そういう食べ方もあるようです。
蕎麦の栄養をより良くするのであれば、麺だけを見るのでなく、
トッピングといいますか、栄養学的に見れば、動物性食品なりを加えるというのはそれなりの効果があると思います。これはそのトッピングするものの栄養的な面といいますか、どういうものを多く含んでいるかで、例えばきつねそばだと大豆を補っていることになりますし、天ぶらとか山かけとか、ニシンなどで栄養的に補っているものもあります。月見そばは山芋を上にかけて食べる食べ方で、粘着性のもの、どろっとしたものには、食物繊維が豊富に含まれています。
蕎麦は栄養素からいっても、
微量栄養素のビタミン類とかミネラルも、米や麦に比べるとほとんどの成分で圧倒的に多いのです。特に亜鉛は欠乏すると味覚異常を起こすと言われていますが、これなんかは米に比べて1.5倍ぐらい、小麦に比べると3倍近くあります。
私たちが今食べている蕎麦、普通蕎麦に村してもう一つのダツタン蕎麦、苦(にが)蕎麦といいますが、これはルチンが圧倒的に多く、普通蕎麦の十倍から百倍といわれています。

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薬味は、栄養学的な面から見るとけっこう意義があります。
例えば海苔は、ミネラルの中でもヨードというのが特に多いのです。ヨードだけでなく、海水というのは本来生命の源ですから、いろんな微量成分というものを豊富に含んでいるのです。ですから塩もそうです。食塩というと、塩化ナトリウムだけに精製してしまったものが主流ですが、本来は海の水を濃縮したものです。海の水を濃縮した塩はいろんなミネラルが微量に含まれていて旨みにもつながっています。栄養的にもそういうものをより濃縮させた形で蓄えているのが海苔なんです。ワカメとか昆布もそうです。
ネギなどに含まれている成分も微量ですが、食欲増進とか、ピタミンBlの吸収を良くするとかの働きがあります。まさに名脇役といいますか、蕎麦を非常においしくしています。

資料提供 ワン・ライン(郷土出版物)

 
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