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茂宇気神社
鹿野そば道場
因幡の名峰鷲峰山の麓に湧く鹿野温泉
 
鹿野温泉

鹿野温泉
美しい自然の残る因幡の名峰鷲峰山の麓、目の前には田園風景が広がるのんびりとしたロケーションの中に湧く鹿野温泉。泉質は単純温泉で摂氏56〜57度。神経痛、関節痛、リウマチ、疲労回復に効き目があリ1966年に国民保養温泉地の指定を受けました。この温泉は、観光宿泊施設をはじめ、病院、福祉施設、保養所を中心に配湯されています。近くには、桜の名所鹿野城跡公園等があり、歴史とロマンを秘めた温泉地として親しまれています。
山紫苑
町営の国民宿舎。広々とした緑の庭園とその−角に設けられた露天風呂が自慢。館内には大浴場4つと家族風呂があり、いずれも終日入浴できます。
温泉館ホットピア鹿野
平成5年にオープンした温泉共同浴場。水風呂、気泡風呂の浴槽があり、露天風呂やサウナも完備しています。
鹿野城跡公園
戦国時代に亀井茲矩公の居城跡で、頂上の柱跡の石と内掘、外堀の石垣にわずかに当時の面影が残っている。麓は公園整備され、春にはピンク色一色に染まるほどの桜が咲き誇り、隠れた桜の名所として多くの花見客で賑わう。水を満々とたたえる堀には白鳥・かも・鯉などが泳ぎ、年間を通して訪れる方の憩いの場となっている。
※入場料無料 ※駐車場、トイレ完備
城下町
鹿野城主亀井茲矩公の城下町であったことから、町中には京格子のある町屋が点在している。鹿野城が軍事上の拠点であったことにより、道は丁字路・L字路などが多く、進入経路にも工夫が見られる。また、お寺は侵入者の発見などの目的で、城下町の至る所に点在している。
※城下町の構成 殿町、紺屋町、上町、下町、立町、山根町、鍛冶町、大工町
城山の歴史
鹿野城跡公園の中心に位置する城山。亀井氏が津和野城に移封となるまで、多くの武将の国盗りの舞台であった鹿野城の天守閣跡が残る。亀井茲矩・政矩の二代36年間の治世により発展を遂げ、城山を中心に城下町としての町並みが整備された。他にも、城山神社、稲荷神社などたくさんの文化財が残っている、歴史の薫りが詰まっている山。山頂までは、十数分で登ることができ、手軽な散策ができる。また頂上からは、日本海が展望でき心地よい風を感じることができる。
鹿野まつり
春の鹿野は華やかな祭りに目を奪われます。御幸神事「鹿野まつり」は、江戸時代初めに一時中断されたものの、文化10年(1813)に再興され、今に至っています。宵祭の目玉は「綱灯籠」。夕方お宮に上がり、神事後下山と共にお宮から二ノ丸に張られた2本の綱に、火入り提灯が次々に流され、やがて一条の火の綱となって闇の中にきらめく。本祭はお昼頃に御旅所を出発。鍛冶町の榊を先頭に武者行列、4台の山車、獅子舞、御神輿の御幸行列が古式にのっとり町内を練り歩く。この日は、城下町がまつり一色になり、訪れた方もその迫力に圧倒される。
鷲峰山
標高921m。中国自然歩道が整備されているので気軽な山歩きがたのしめます。ブナの原生林の紅葉は大層美しく、日本海を臨む山頂の眺望も素晴らしいものがあります。その昔、伯耆国の大山の神様と因幡国の鷲峰山の神様が互いの高さを競って背比べ。負けた大山の神様が悔しさから、鷲峰山の頭の土を削ってしまい、大山より低くなつたという言い伝えが残つています。
幸盛寺
尼子十勇士の一人、山中鹿介幸盛の死を弔うために亀井茲矩公が幸盛の名にちなみ建てたお寺。また、幸盛の墓の前には高さ130Cmの大きな五厘塔がある。これは亀井茲矩公の長姉の墓といわれている。その他、境内には樹齢400年にもなる大イチョウがある。
亀井茲矩公の墓
鹿野城主亀井茲矩公の墓は、町境「明星ケ鼻」にあり、墓標ははるかに鹿野城跡の城山を望んでいる。墓石には「中山道月大居士」と刻まれているが、これは1582年羽柴秀吉から琉球守を認められ、茲矩が海外進出を夢見た「琉球」をしのんでつけられたといわれている。「中山道」とは中国風の琉球の別名である。
茂宇気神社
「もうけ」という名称から商売繁盛の神様として全国各地から多くの参詣者が訪れる。264段の長い石段を上がると小さなお社が静かに立つ。小鳥のさえずりと小川のせせらぎ、落ち葉を踏みしめる舌で心を和ませる。包み込まれるような不思議な場所で願い事をすれば、何でも叶えてもらえそうなそんな気持ちに…。10月17日頃には地元の祭があり、神社麗の広場で御神酒やなめこ汁がふるまわれる。その他、とち餅やこわなど地元特産品の即売もある。
譲伝寺
曹洞宗のお寺で亀井茲矩公の菩提寺で知られることから、多くの方が訪れる。茲矩公が文禄征韓の役に従軍した折りの将来品が、寺宝として保存されているほか、近世初頭の面影を残す庭園も本堂裏に残っている。山門を入ってすぐ右側の弁天山には、茲矩公の実父である湯永綱の供養墓がある。
観音寺
弘法大師(空海)が諸国巡礼の際、鷲峰山麓の巨桜の霊木の一枝を採り不動尊を刻み、これを本尊として桜谷に南之坊を建立。後、郡司の娘の桜姫が、霊夢によって導かれ桜の木に観世音菩薩の尊像を刻んで、この寺に安置したといわれている。今は、桜姫物語として知られている。
鷲峰神社
この神社は鷲峰山の麓にあるが、八千戈神が白尾の大鷲に乗られ山に鎮座したことによりその山を鷲峰山といい、神を鷲峰神と称すると伝えられる。祭神は大己貴神、素佐鳴尊、稲田姫をまつり、三代実録にも載っている古い由緒をもった神社。亀井茲矩公のときに焼失し、現在の位置に再建されたもので、それ以前は山の中腹にあったといわれている。祭礼は昔から「獅子」のない祭礼として知られ、また、この神社の狛犬は非常に珍しい張子型に彫刻されている。
加知弥神社
創立年代は不詳だが、延書式神名帳に載る古社で、昔は勝宿大明神と呼ばれていた。中世以降は武将の崇敬が厚く、永禄8年(1565)には、武田高信、田公高清、矢田幸佐などが社殿を造営。また、天正8年(1580)には、吉川元春が戦勝を祈念して社領を寄進している。この折りの元春の祈願状と寄進状は県の保護文化財に指定されている。
城山神社
創立年代は不明であるが、亀井茲矩公在城の頃は、鹿野城の守り神としてまつられていた。社殿の規模は小さいが、その構造や彫刻は近郷に例を見ない精巧なものである。
稲荷神社
もともと城山神社裏にあったお社を、参拝者の便を考え現在地に移した。古老は「鹿野の町に火柱が立つ時(火事の時)には、お狐さんが前日か前々日にギヤアーギヤアーと鳴く」と言い伝えている。
住吉神社
小高い丘の上にあり、参道には桜の木が多く植えられており、花見の穴場でもある。境内は巨木に囲まれ、落ち着いた空気がただよう。この神社は、古くは住吉大明神と称し、航海の神、歌道の神としてうやまわれ、歌道の有志、中でも鳥取市の湖山が生地と伝えられ名声の高かった和泉式部などから尊崇されていた。
末広神社
創立年代は不詳であるが、「因幡志」に一条天皇の御代長保三年(1001)疫病の流行、大不作が重なり郡民祈りて社を築く‥・」と残っている。稲荷大明神と称したが、明治元年神社改革によって稲荷神社と改称。その後、大正川年5月に末広神社と改称した。
法師ヶ滝
その昔、寺坊主、師庵法師が滝のところで座禅を組んで修行したところから「法師ヶ滝」と名がついた。滝壷にあった座禅を組んだという大きな岩は、現在は下流に見ることができる。

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美しい自然の残る因幡の名峰鷲峰山の麓、目の前には田園風景が広がるのんびりとしたロケーションに湧く鹿野温泉