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浜村温泉
浜村温泉は今から、約490年前に開かれた温泉町です。山陰でも湯の湧出量が、いちばん多いといわれています。目の前に日本海、美しい砂浜の海辺が、展がっています。古くは、勝見温泉として知られていますが、古書によると「天正年間鹿野城主亀井氏の臣・宍戸豊後、白鷺を射て、之をきずつく、鷺、沢畔に留りて去らず、往きて検するに温泉湧出せり」と。一名・鷺の湯ともいわれています。湯量の豊富な浜村には、県下でも、他に類のない温泉プールが各所にあります。
【泉質】含石膏食塩泉、単純放射能泉69度。婦人病・胃腸病・リュウマチ・神経痛他、に効能があります。
小泉八雲の浜村温泉郷
小泉八雲の「知られぬ日本の面影」に美しい、素朴な人情の小さな村として感動的な表現で細介されていますが、今もその面影が、生きています。夏は、海水浴・海釣り。軟は、なし狩り。冬は、松葉がに・雪見。春は、海辺の散歩と海釣り…プラス・まろやかな湯と名物、貝がら節の情緒が満喫できます。
魚見台
本町と青谷町の境界、国道9呈線泊いに魚見台と呼ぼれる高台ガある。昔、イワシの大群ガ押し寄せたときに、ここから老漁夫ガ大声で指示したことから、魚見台と名付けられたという。この魚見台から見下うす浜村海岸は、帆立貝ガ30〜50年周期に大発生し、帆立貝を獲るため、重いじよれんと呼ぼれる道具を船で引いた。その漁の労働歌ガ「貝殻節」である。
貝がら節
「貝殻節」は日本海沿岸の浜村、賀露、泊、妻波などに伝わる鳥取県の代表的な民謡。浜村の「貝殻節」は、昭和7年作曲家三上留吉、浜村出身の民謡作家松本穣葉子により「浜村温泉・貝殻節」としてレコード化。これに艪漕ぎの姿で踊る「貝殻節踊り」を加え、全国的に有名になった。
気高町の特産品
前列左より、貝がら節踊り人形、貝がらもなか、焼サバ(酒津産)、貝がら節まんじゅう、とうふ竹輪、三善みそ、三五八漬、地酒「貝がら節娘」はま茶。
布勢の清水
布勢平神社の境内の岩の下から湧きだす清冷な清水。この清水がいつ発見され、いつごろから利用され始めたのかわからないが、古くからこの地域の人々の生活用水として大切にされてきた。また、この地の領主亀井茲矩は、「その清冷さ氷のごとき」と賞賛して、かたわらに涼亭を設け、夏には日ごとに納涼したと伝えられる。昭和60年6月、県より因伯の名水に指定された。
両国梶之助の墓
梶之助は、寛文4年(1664)本町の母木新町に生まれた名力士。鳥取藩のお抱え力士となり、「浮舟」「山ノ井」と名乗った。「両国」とは、因伯二州にかなう者無しの意から藩主池田光仲が命名したといわれている。京に出て元禄期の勧進相撲で活躍し当時の最高位大関に名を張った。役者とも交流し、前髪に櫛を挿したのも梶之助がはじめといわれている。また歌舞伎の「双蝶々曲輪日記」の主人公のモデルになったとも伝えている。
姫路神社
創建は宝亀2年(771)と伝えられる古社。毎年春祭りに行われる「百手の神事」は県指定無形民俗文化財。「百事の神事」は伝えによれぼ、諸国に疾病が流行したとき、それを鎮めるために始まった神事で、村民の息災、悪疫退散、五穀豊譲を祈願して行った。神事は1年12ケ月を意味する12本の矢を垂れゴモの的に向かって放ち、その当たり具合によって吉凶を占う。また、この神社のある姫路集落では含も亥の子行事が行われ、町指定無形民俗文化財になっている。
酒津のトンドウ
全国で多種多様な形態で行われている正月の左義長行事である。正月14日から15日にかけて、この行事lこは近郷に例を見ない独自の生活文化の特徴がある。焼き代として造られる円錐形の小屋風の造りものにその特長があり、幾重にもシメ飾りをまいた姿は元来そこが神を迎えるための仮屋であったことを示す。県指定無形民俗文化財。
阿弥陀の森大タブノキ
推定樹齢400年以上、幹は地上2mのところでこぶ状に肥大し、大きく四つに分かれ、さらに3〜4mの付近にコケ類やシダ類ガ付着して数十本の太い枝に分かれる。樹冠は均整のとれた傘型に広がっている。気高町指定天然記念物。
宮吉城跡
宝木小学校の南、標高20mの山上に平地があり、土塁、帯曲輪などの遺構が残っている。天保13年(1842)の「母木村田畑地続全図」には内堀、外堀などの字が確認できるほか、「城山」「大所」の遺称が残っている。切り通しを隔てた南の丘陵にも遺構が確認できるほか、東の尾根に登ると大崎城が一望でき、強い繋がりが感じられる。吉川元春が攻めたことか知られてあり、加知弥神社に、「寄進状」「祈願状」が伝わっている。
大崎城跡
本町と鳥取市の境界、日本海に突き出した標高約80mの丘陵上に位置する。北の断崖には日本海の荒海が迫る要害の地である。山頂には長さ27m、幅18mの曲輪があり、東側には8箇所の連郭式の曲輪が残っている。羽柴秀吉の鳥取城攻めの際には鹿野城に通ずる海上交通の拠点として重要な役割をもっていたことが、吉川元春書状などlこよって知られている。
常松の薬師如来坐像
常松部落の中央部に薬師堂という小辻堂があり、その中に行基作と伝える薬師如来坐像が安置されている。仏体は材質カヤの木、像高72cm、膝幅68cm、肩幅35cm、もと漆箔像であったらしいが、今は剥落腐朽して素木同様となり口元にわずかに紅色が残っている。これが当初のものか否かは不明である。全体にわたって腐朽虫喰が多く、衣文は磨滅のため当初のぉもかげを止めていないが、やや、鈍重で地方色をもった作りである。県指定保護文化財。
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| 姫路神社 |
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| 姫路神社 |
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| 常松の薬師如来坐像 |
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