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安来節の由来
 安来節が全国的に知られるようになったのは、大正年間から昭和の初めにかけて、渡部お糸が、富田徳之助とコンビを組み、安来節の全国巡業を行なったことからで、お糸一座は行く先々で好評を得て人気が上昇し、安来節の黄金時代を築いた。
 安来節の起源は徳川中期の頃と伝えられている。徳川中期元禄の頃、泰平になれた民衆の間に歌舞音曲が流行し、この頃に七七七五調の歌詞で安来節の原形らしいものが歌われていたといわれ、その後、時代の流れと共に安来節の独得な形が完成されて来たのであるが、なんといっても、十神山の浮かぶ波静かな中海のほとり、風光明媚な環境、そして素朴な人間味あふれる安来地方の風情の中から生まれるべくして生まれたものと思われる。
 天保年間は船による交流が盛んで、北国の船が天然の良港である安来港にひんばんに人港し、安来港からは米・鉄を積んだ船が出港し港町として隆昌を極めた。必然諸国の船頭達の間で、民謡の交流も盛んで「佐渡おけさ」「追分節」等も巷で歌われていた。この頃に「おさん」という美声の妓がおり、これが自分の独創による「さんこ節」を歌い親しまれた。これが安来節に良く似た節回しであったと伝えられている。
 安来では天保嘉永の頃安来町に住む大塚順仙という鍼医が音曲をよくし、それが安来節の原形的なものであったように古老の話にあり、当時未完成であった安来節も、浄瑠璃歌舞伎芝居の全盛時の中にあって、他国の民謡の影響を受けながら成長して来たものと思われる。明治の初期完成の域にあった安来節は出雲地方で大流行しており、八月の月の輪まつりでは幾百組の男女が共に編笠、頬かぶりで、身ぶり面白く夜を徹して全町内を練り歩くさまは、まさに民謡王国に相応するムードを呈したといわれている。明治四十四年には正調安来節保存会が創立され、会長に福島豊市が就任、安来節の全盛時代を不動のものとした。この頃に渡部佐兵衛の子お糸が頭角を現し三味線の富田徳之助と組んで黄金時代をきずいた。安来節の名人といえば「お糸さんにジャベ徳さん(徳之助)」とさわがれ人気は益々上昇した。この頃に全国巡業により安来節の名を高めた。お糸は昭和二十九年三月二十七日七十九歳で他界するまで後進の指導にあたって、現在、四代目を中心に正調安来節の保存普及につとめている。安来節保存会も年々組織を改良し、安来市長が会長に就任し、その規模も年々と大きくなり現在72支部8,500人を数える会員を擁し、春の競演大会、資格審査会、全国優勝大会(8月15〜17日)を三日間安来市で開催するなど、その活躍は益々活発になって来ている。