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医光寺
正平18年(1363)、益田氏7代・兼弘のとき創建されました。武家様式を取り入れた庭園は、文明年間(1469〜1486)、第5代住職に任じ5れた雪舟によって作庭されました。様式的には池泉観賞半回遊式庭園と呼ばれ、山岸を巧みにあしらった上下2段横え。裏山の滝蔵山を背景に、山すそに刈り込みを用い、島をかたどった池に亀をかたどった島を配しています.中国の伝説上の島、蓬莱を表現しているといわれ、雪舟の山水画に多く見られる直線的で、見る者をぐいぐい引きつけずにおかない雄渾な構図を持っています。現在の庭園は享保14年(1729)の大火後に復元きれたものですが、石組みや地勢などは雪舟の意図したままに残きれており、国の史跡及び名跡の指定を受けています.枝垂れ桜が花吹雪を散らす春、楓があざやかな紅を池に映す秋をはじめ、四季折々に微妙な表情と色彩を見せてくれます。入口に立つ切妻屋根の総門は県指定の重要文化財。もとは七尾城の大手門でしたが、関ヶ原合戦後現在地に移されました。2本の太い柱に2投の屋根をかけ、大扉を前面に配した作りは豪壮そのもの。白光・月光菩薩像、十六羅漢像など所蔵品にも貴重なものが数多く残されています。
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