|
|
|
 |
 |
| 米子がいな祭 |
 |
| 方言で「大きい」を意味する「がいな」の名前がつけられた市民あげての夏祭り。がいな万灯・がいな太鼓・やんちゃ囃子など出し物も豊富に、文字通りおおきなスケールで繰り広げられる2日間。中海を色どりに染めながら夜空を焦がす大花火大会が、米子の一番熱い夏を締めくくります。 |
| |
 |
 |
| つつじまつり |
 |
つつじの季節、米川堤防一帯で行われるお祭り。東西4kmにわたって咲き誇る、その数約3,000本。満開の花を愛でながら歩く健康ウオークをはじめ、苗木の配布や郷土芸能の米子がいな太鼓演奏など、多彩なイベントが催されます。
西福原会場/JR米子駅から車で約10分、Pなし・五千石会場/JR米子駅から車で約15分 |
| |
 |
 |
| 米子ハイツ梅園 |
 |
早春から初夏にかけて大山の麓で楽しめる花園は、いかにも日本らしい美しさと、圧倒的な広さを誇っています。ことに、室町時代に尾高城が築かれていた城跡一帯は、800本もの木々に可憐な花をつける梅園や、700株のスケールで咲き競うあじさい園が圧巻。さらに、大神山神社の菖蒲園は、境内の半分を埋め尽くして数万本の花が辺り一面に咲き香り、日本の原風景の中に迷い込んだような風情を感じさせてくれます。
JR米子駅から車で約20分、P有り |
| |
 |
 |
| 桜まつり(湊山公園) |
 |
450本の木々にあふれるばかりの花を咲かす、湊山公園は桜の名所。満開を待ちきれず早々に、花見の宴を広げる人達もいるほどです。昼間の見事さはもちろん、ボンボリに照らされて浮かび上がる幻想的な夜桜も格別です。
会場までJR米子駅から車で約5分、P有り |
|
 |
 |
| 湊山公園 |
 |
明治40年(1907)、大正天皇がまだ皇太子であったとき、米子市にお越しになった記念として造られた公園です。米子城跡を中心に、日本庭園、芝生公園、桜の園などが整い、人々がのどかなひとときを過ごしています。また、米子市を彩る風物詩の舞台として、桜まつりや城山フェスティバル、がいな祭の花火大会など、さまざまなイベントが開催されています。
JR米子駅から車で約5分、P有り |
|
|
 |
 |
| 米子城跡 |
 |
時代は慶長6年(1601)、このときわずか12歳の中村一忠は、父・一氏が関ケ原の合戟で功績をあげたことにより、伯耆国の城主として十八万石を与えられました。すでに天正19年(1591)には、吉川広家によって四重の天守が造られていましたが、一忠はさらに五重の大天守を建立。名実ともに山陰一の名城となります。こうして、米子城を中心とする新しい地域が繁栄するようになりました。しかし時を経た明治の初め、米子城はわずかな金銭で売却され、取り壊されるという運命をたどります。城跡は現在、市民の憩う公園となり、米子市街や中海を眼下に従えて、島根半島や大山までもが眺められる天守閣跡は絶好の展望地となっています。志し半ばで20歳の生涯を終えた若き城主は、山陰随一とうたわれた我が名城の、石垣だけを残す姿を知るよしもありません。
JR米子駅から車で約3分、P有り |
| |
 |
 |
| 福市遺跡 |
 |
弥生時代後期から古墳時代中頃の集落跡で、その数は100戸余りにもおよんでいます。このような規模で発掘された例は全国でも珍しく、土墳墓など200以上の遺構も確認されて、昭和43(1968)には国の史跡に指定されました。現状のままを保存する遺跡の一部や復元住居も見ることができ、園内にある考古資料館には出土品などが多数展示されています。
休館日 火曜/および祝日の翌日・JR米子駅から車で約15分、P有り |
| |
 |
 |
| 深田氏庭園 |
 |
伯耆国の開拓に関わった豪族深田氏が、江戸時代前期に住宅書院南面に築いた庭園で、国の名勝に指定されている。書院から展開する正面景観を重視した構成をとり、地中に鶴や亀を象徴した島を配置することなど、当時定型化した庭園様式の意匠や技法を基本とし、豊かな独創性が随所に見られる。
見学希望要連絡Tel.0859-33-3445深田家・JR米子駅から車で約15分、P有り |
| |
 |
 |
| 安養寺 |
 |
南北朝時代は元弘2年(1332)のこと、後醍醐天皇が隠岐へと流されたとき、16歳であった天皇の皇女・瓊子内親王は父を迫って伯耆国に入ります。しかし、隠岐へと渡る願いは遂にかなえられず、安養尼と名乗ってこのお寺を開かれ、24歳の生涯をこの地で過ごされました。寺門の瓦などに刻まれた菊の御杖が、皇族墓所としてのたたずまいを偲ばせています。
JR米子駅から車で約15分、P有り |
|
|
 |
 |
山陰歴史館
|
 |
昭和5年(1930)、米子市役所として建築された赤レンガ色のモダンな洋館。当時の鉄筋建築としては3階建てのその規模もタイル張りのその質も山陰随一で、市の有形文化財に指定されています。現在では、化石や民俗資料などを展示する歴史館として生かされ、良き時代の美しい風貌とともに文化の香りを放っています。
JR米子駅から車で約3分 |
| |
 |
 |
| 米子市美術館 |
 |
巡回展や企画展をはじめ、市民に開かれた美術館として、郷土で活動するアマチュア展なとも精力的に開催されています。所蔵品には、郷土ゆかりの作家をはじめ、前田寛治の洋画、棟方志功、横尾忠則の版画、植田正治の写真など名作を所蔵しています。
JR米子駅から車で約3分、P有 |
| |
 |
 |
| アジア博物館・井上靖記念館 |
 |
壮大なアジア大陸文化の粋を集めた博物館と、郷土ゆかりの文豪・井上靖氏の記念館を併設。世界最高峰といわる17・18牡紀のペルシャ錦や、ゲルと呼ばれるモンゴル遊牧民の住居など、世界的にも貴重なコレクションは見応え充分です。
JR米子駅から車で約25分、P有り |
| |
 |
 |
| 弓ヶ浜公園 |
 |
「遊びの妨げになるものは作らない」をコンセプトとする、ユニバーサルデザインが採用された一大総合公園。現在、車椅子でも遊ぶことのでる「みんなの遊具広場」、観覧車やメリーゴーランドのある「弓ヶ浜わくわくランド(冬期休園)」、お年寄りでも気軽に利用できる「健康遊具広場」、のんびりとくつろげる「芝生の広場」などが完成し、すでに大勢の人々で賑わいをみせています。
JR米子駅から車で約20分、P有り |
| |
 |
 |
| 米子ゴルフ場 |
 |
弓ヶ浜の美しい松林の中に広がる、18ホール・6,590ヤードのシーサイドコース。潮風を感じながら秀峰大山を仰ぐ環境は、リゾートの雰囲気も充分です。
JR米子駅から車で約20分、P有り |
| |
 |
 |
| キャンプ場 |
 |
| なだらかに弧を描く弓ヶ浜半島に、サマーキャンプ場が整備されています。海を目前にしたおおらかさは、山や高原とは一味ちがう開放感。オートキャンプに対応する柔軟さも備えています。 |
|
|
|