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赤瓦(写真は一号館)
白壁土蔵群の古い蔵を改造してつくられた「赤瓦」。懐かしさの中に洗練された新鮮さがあるこの蔵は、土産物はもちろんエ房やこだわりのお店など訪れる人たちを楽しませてくれます。現在は直営の1号館〜3号館のほか、地元の昔ながらのお店が協力店として、現在8号館まであります。 |
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赤瓦二号舘
倉吉の郷土玩具はこた人形と桐下駄の工房があります。はこた人形は倉吉に江戸時代から伝わる郷土玩具です。また蔵の奥に入ると、大きな布袋さまがふくよかな笑顔でお待ちしています。2号館のはこた人形工房では、はこた人形のお顔の絵付けが体験できます。 |
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倉吉観光案内所(赤瓦八号館)
倉吉ふるさと物産館にあり、郷土の土産品を取りそろえています。観光案内所では、小片の案内の他に観光ガイドブッックや無料レンタサイクルの貸出しも行います。
無料レンタルサイクル5台あり・開館/9:00〜17:00・問0858-23-1825 |
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赤瓦一号館
約150坪もある醤油屋の古いもろみ工場を改造してつくられた一号館は、温もりと懐かしさあふれる骨董屋や、草木染ギャラリー、自分だけのオリジナル絵はがきを作ることができる絵てがみ屋、世界の紅茶を楽しめる紅茶専門店など、こだわりのショップが並ぶ新感覚の蔵です。1号館の絵てがみ屋では絵てがみ体験ができます。 |
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赤瓦三等館
歴代の天皇陛下に竹細工を献上している大正元年創業の老舗が、日本美あふれる竹を知り尽くし、洗練された創作活動を続けています。モダンな作品から、昔の伝統を受継いだ風情のあるものまで数多くの作品が並ぶ竹蔵です。3号舘の中野竹重では竹細工つくりができます。 |
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はたこ人形
倉吉には江戸時代から伝わる郷土玩具の「はたこ人形」。張り子は木の型に和紙を張り重ねて作られていますが、張り子の人形は全国的にも極めて珍しく、山陰では倉吉でしか作られていません。 |
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倉吉博物館・歴史民俗資料館
倉吉博物館は打吹山のふもと、打吹公園の中にあり、椿、桜、椎などの大樹に囲まれた森の中の博物館です。郷土ゆかりの洋画家・日本画家の作品をはじめ、倉吉一円の遺跡から出土した豊富な考古資料を展示しています。また、歴史民俗資料館では、明治・大正時代の倉吉の民俗資料を中心に、当時の暮らしの様子や産業について紹介しています。 |
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| 菅 楯彦「舞楽青海波」 |
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| 早川巍一郎「鳩と少女」 |
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民俗
倉吉市とその周辺に伝わる、明治〜大正時代の民俗資料を中心に展示し、当時のくらしのようすや倉吉の産業について紹介します。 |
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| 菅 楯彦「舞楽青海波」 |
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考古
倉吉市とその周辺の鳥取県中部地区には、旧石器時代から平安時代までの遺跡がおよそ3,000ヶ所分布しています。これらの遺跡から出土した土器や石器などを展示し、当時の歴史を紹介しています。 |
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彫刻プロムナード
倉吉の野外美術館の役割を担う緑の彫刻プロムナードは、芸術・文化を愛する市民の憩いの道です。散歩道に沿って点在する個性豊かな彫刻は、しぜんと共鳴して豊かな感性を育てます。 |
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打吹公園
打吹公園は「さくら名所百選」に選ばれた山陰随一のさくらの名所。はるになると多くのさくら、つつじが咲き誇ります。夏には新緑、秋は紅葉、冬は椿と、四季を通じて美しい公園は「日本の都市公園百選」にも選ばれた癒しのスポットです。 |
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打吹山伝説
むかし、むかし、この山のふもとに天女が舞い降り水浴びをしていました。ところが、天女は羽衣を奪われ帰れなくなってしまいました。天女は農夫と結婚し二人の子どもを産みました。何年かしてある日、天女は羽衣を見つけ出し、山のふもとから天に帰っていきました。残された二人の子どもは、たいそう悲しみ、母が音楽を好んでいたので、山に登り鼓を打ち、笛を吹いて母を偲びました。このことから、いつしか人々はこの山を「打吹山」と呼ぶようになったということです。 |
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| 椿の平 |
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| 秋の打吹公園 |
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倉吉打吹流しびな
白壁土蔵群横を流れる玉川で行われる流しびなは、親たちが我が子の安全で幸せな成長を願って行われます。 |
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関金温泉
昔、湯の関村の隣、金谷村に弥兵衛という翁が住んでいました。弥兵衛の楽しみは、鳥の卵を雛にかえすことです。ある朝、番のタンチョウ鶴が「森の木山」の方へとんでいくのをみて、どこかに卵を産んでいるに違いないと、山へ探しにでかけました。すると、あの鶴がとんできて、くちばしで片方の脚をいたわりながら、ぬれた体で岩の向うに上ったり下ったりしています。弥兵衛がそっとのぞいてみると、そこにはゴボゴボと水が湧きでています。手ですくって飲んでみると、なんと莫水ではありません。「お湯だ。温泉が湧いている。」鶴の番は傷ついた脚を温泉の渇でいやしていたのです。 |
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大山池
大山の姿がさかさに映ることから誰ともなくこの呼び名がつきました。夏はキャンプ場としてにぎわい、県指定の「因伯の名水ふれあいの水辺」となっています。 |
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東大山大橋
東大山へ向かう途中の、ひときわ良立つ赤い橋が東大山大橋です。長さ170m、高さ45mで、ここから眺める紅葉は素晴らしく、ドライバーの休憩の場となっています。 |
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里見忠義主従之廟(南総里見八犬伝)
里見氏は江戸時代の初期、安房国と常陸国鹿島郡と合わせて12万2千石を領していたが、鎌倉時代から武門の名門、源氏の後商として、関東では武勇の名があった。そのためもあってか、小説『南総里見八犬伝』のモデルであると喧伝されてきました。元和8年6月19日(1622)わずかの従臣にみとられ、かつての12万2千石の大守里見安房守は、この地で死去。その遺骸は、和田村(倉吉市)定光寺河原で検死のうえ荼毘に付され、遺言どおり倉吉の大岳院に葬られました。忠義の死後、館山から従っていた家臣たちは、3か月の喪に服したあと、自ら刃をとり殉死しました。堀村の人々は彼等の心情を憐れみ、その屋敷跡に「六人塚」の小祠を祀ったのでした。ときおり旅人が手向ける花は、知る人をして無情のあわれをさそいます。 |
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大滝山地蔵院木造地蔵菩薩半跏像
行基澤菩薩が大平腸宝8年(756)に開基した寺である。この寺には国の重要文化財に指定されている「木造地蔵菩薩半跏像」があり、この地蔵尊は仏尊の形体雰囲気から鎌倉時代のものとみられ、鼻梁の広いことなどから山陰地方の寺院にみられる特徴を表わし、由緒ある仏像とされています。 |
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大滝不動滝
森の聞から、勢いよく清水の舞い落ちる大滝山の不動滝は、勇壮で美しく、多くの観光者の目を引きつけています。 |
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亀井公園
4月中頃になると、約6万本のみつばつつじで亀井公園は赤く染まります。中世、ここには亀山城が築かれていたといわれています。城域が亀の形に似ており、敵が攻めてくると城をのせたまま山が浮き上がり、丘糧攻めをしてもびくともしない要雀であったということです。今では県指定の「健康の森」として、多くの人々の心を和ませています。 |
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清流YOU村
自然の渓涜を利用した管理釣り場。エサ釣り・ルアー&フライ釣り・つかみどり等、家族で一日楽しめるアウトドアスポット。釣りたての魚をその場で焼いて食べるバーベキューコーナーもあるよ. |
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関金町資料館
古い民家のたたずまいを見せる関金町資料館は、関金町で中世から近世にかけて盛んだった木製品の加工をなりわいとしていた木地師に関する資料をはじめ、かつて関金でも感んであったとされるタタラ製鉄の資料等、関金町の歴史に関する資料が展示されています。二つの展示室のほか、囲炉裏を脚んで談話のできる休憩室があり、季節の表情豊かな庭園を一望することができます。 |
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鳥飼家住宅
江戸時代初期の建築で「合掌造り」の建造物として県の保護文化財に指定されています。 |
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大滝山観音堂
大滝山千手寺跡は、温泉街から県道常藤関金線を南に1800mばかりのところにあります。「大滝山」といえば、地蔵院(関の地蔵さん)の山号でもありますが、ここ関金では地名としての「大滝山」のほうが、より一般に知られています。「大滝山観音堂」またの名を「大滝山奥の院」は、深い谷間にある寺です。近くには、行者が修行する滝があり清冷な水が、けわしい岩の高みから流れ落ちています。天文19年(1550)の洪水や、元和元年(1615)の大火などのため、繁栄していた寺院跡は見るべくもないが、霊験あらたかな霊場として参詣に、又、夏の清涼の場として避暑に訪れる人も多く「中国自然歩道」の休憩所の一つとして整備されています。 |
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