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| 長尾岬(青谷町) |
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岬一帯の海岸は、日本海の怒濤に侵食された断崖絶壁・洞門・岩礁・奇岩等が連続する男性的な岩石海岸で、西因幡県立自然公園中の白眉です。また、スズキ・クロダイなどの絶好の釣り場として知られ、1年中多くの太公望で賑わいます。
(JR山陰本線青谷駅から日の丸バス浜村行き5分、夏泊下車徒歩20分) |
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| 長尾鼻灯台(青谷町) |
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| 高台に(水面からの高さ68m)につくられた関係で外観こそ大きくないが、その光度は53万カンデラ、光達距離22海里と山陰では有数の光度と光達距離を誇ります。 |
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| 不動山湯原滝(青谷町) |
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不動滝、湯原滝、妙円滝とそれぞれ特徴のある3つの滝を有し、樹齢400年と言われるスギやケヤキの大木に日差しがさえぎられ、深山幽谷の趣の滝壷に立てば夏でも肌寒いほどの涼しさを覚えます。毎月第1日曜日が縁日で、参拝客の絶えることがなく、特に6月と9月の縁日には「湯三昧」と称する山伏流の行がおごそかに行われ、不道明王のご利益に預かろうという信者が県内外から訪れます。
JR山陰本線青谷駅から日ノ丸バス桑原行き10分・不動山入口下車徒歩15分 |
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| 井手ヶ浜(青谷町) |
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「旅のロマンをかきたてる鳴り砂の浜」晴れた日に砂浜を歩くと足元から「クックッ」とメロディーを奏でる全国でも珍しい「鳴り砂の浜」で、海水が美しく、遠浅で家族連れなど毎年たくさんの海水浴客で賑わいます。
(JR山陰本線青谷駅下車徒歩10分)
日本一の鳴り砂
鳴り砂の浜は全国で20か所あるといわれていますが、全域にわたってよく鳴る砂浜は非常に少なくなってきています。青谷町には井手ヶ浜と青谷浜に、恵まれた豊かな自然の証しとして鳴り砂が現存しています。鳴り砂の特徴としては、綺麗な海であること、砂粒が石英で他の鉱物・異物の混入が少なく、砂の表面がきわめて清浄であること、砂粒の大きさがよく揃っていてその大きさは、0.5mm〜1.0mmのものが95%以上であることが必要です。鳴り砂は、全国的にも貴重なもので、その音色はひときわ美しいものです。平成8年には、青谷町の鳴り砂が「日本一いい音」であるとの評価をうけています。この貴重な自然を末永く保存していきたいものです。 |
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| 海女漁(青谷町) |
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県内で唯−、海女のいる海として知られる夏泊。青くキラキラと輝く海面に桶を浮かべ、初夏の頃から海の幸を求めて海中深く身をおどらせ、浮上しては、岩の合間から海女の磯笛も聞こえ旅情的です。
R山陰本線青谷駅から日ノ丸バス浜村行き5分・夏泊下車徒歩8分 |
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| 鹿野城跡公園(鹿野町) |
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戦国時代に亀井茲矩公の居城跡で、頂上の柱跡の石と内掘、外堀の石垣にわずかに当時の面影が残っている。麓は公園整備され、春にはピンク色一色に染まるほどの桜が咲き誇り、隠れた桜の名所として多くの花見客で賑わう。水を満々とたたえる堀には白鳥・かも・鯉などが泳ぎ、年間を通して訪れる方の憩いの場となっている。
城山の歴史
鹿野城跡公園の中心に位置する城山。亀井氏が津和野城に移封となるまで、多くの武将の国盗りの舞台であった鹿野城の天守閣跡が残る。亀井茲矩・政矩の二代36年間の治世により発展を遂げ、城山を中心に城下町としての町並みが整備された。他にも、城山神社、稲荷神社などたくさんの文化財が残っている、歴史の薫りが詰まっている山。山頂までは、十数分で登ることができ、手軽な散策ができる。また頂上からは、日本海が展望でき心地よい風を感じることができる。 |
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| 城下町(鹿野町) |
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鹿野城主亀井茲矩公の城下町であったことから、町中には京格子のある町屋が点在している。鹿野城が軍事上の拠点であったことにより、道は丁字路・L字路などが多く、進入経路にも工夫が見られる。また、お寺は侵入者の発見などの目的で、城下町の至る所に点在している。
城下町の構成→殿町、紺屋町、上町、下町、立町、山根町、鍛冶町、大工町 |
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| 鷲峰山(鹿野町) |
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| 標高921m。中国自然歩道が整備されているので気軽な山歩きがたのしめます。ブナの原生林の紅葉は大層美しく、日本海を臨む山頂の眺望も素晴らしいものがあります。その昔、伯耆国の大山の神様と因幡国の鷲峰山の神様が互いの高さを競って背比べ。負けた大山の神様が悔しさから、鷲峰山の頭の土を削ってしまい、大山より低くなつたという言い伝えが残つています。 |
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| 法師ヶ滝(鹿野町) |
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| その昔、寺坊主、師庵法師が滝のところで座禅を組んで修行したところから「法師ヶ滝」と名がついた。滝壷にあった座禅を組んだという大きな岩は、現在は下流に見ることができる。 |
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| 亀井茲矩公の墓(鹿野町) |
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| 鹿野城主亀井茲矩公の墓は、町境「明星ケ鼻」にあり、墓標ははるかに鹿野城跡の城山を望んでいる。墓石には「中山道月大居士」と刻まれているが、これは1582年羽柴秀吉から琉球守を認められ、茲矩が海外進出を夢見た「琉球」をしのんでつけられたといわれている。「中山道」とは中国風の琉球の別名である。 |
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| 茂宇気神社(鹿野町) |
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| 「もうけ」という名称から商売繁盛の神様として全国各地から多くの参詣者が訪れる。264段の長い石段を上がると小さなお社が静かに立つ。小鳥のさえずりと小川のせせらぎ、落ち葉を踏みしめる舌で心を和ませる。包み込まれるような不思議な場所で願い事をすれば、何でも叶えてもらえそうなそんな気持ちに…。10月17日頃には地元の祭があり、神社麗の広場で御神酒やなめこ汁がふるまわれる。その他、とち餅やこわなど地元特産品の即売もある。 |
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| 鹿野温泉(鹿野町) |
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| 美しい自然の残る因幡の名峰鷲峰山の麓、目の前には田園風景が広がるのんびりとしたロケーションの中に湧く鹿野温泉。泉質は単純温泉で摂氏56〜57度。神経痛、関節痛、リウマチ、疲労回復に効き目があリ1966年に国民保養温泉地の指定を受けました。この温泉は、観光宿泊施設をはじめ、病院、福祉施設、保養所を中心に配湯されています。近くには、桜の名所鹿野城跡公園等があり、歴史とロマンを秘めた温泉地として親しまれています。 |
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| 山紫苑(鹿野町) |
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| 町営の国民宿舎。広々とした緑の庭園とその−角に設けられた露天風呂が自慢。館内には大浴場4つと家族風呂があり、いずれも終日入浴できます。 |
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| 鹿野まつり(鹿野町) |
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| 春の鹿野は華やかな祭りに目を奪われます。御幸神事「鹿野まつり」は、江戸時代初めに一時中断されたものの、文化10年(1813)に再興され、今に至っています。宵祭の目玉は「綱灯籠」。夕方お宮に上がり、神事後下山と共にお宮から二ノ丸に張られた2本の綱に、火入り提灯が次々に流され、やがて一条の火の綱となって闇の中にきらめく。本祭はお昼頃に御旅所を出発。鍛冶町の榊を先頭に武者行列、4台の山車、獅子舞、御神輿の御幸行列が古式にのっとり町内を練り歩く。この日は、城下町がまつり一色になり、訪れた方もその迫力に圧倒される。 |
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| 幸盛寺(鹿野町) |
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| 尼子十勇士の一人、山中鹿介幸盛の死を弔うために亀井茲矩公が幸盛の名にちなみ建てたお寺。また、幸盛の墓の前には高さ130cmの大きな五厘塔がある。これは亀井茲矩公の長姉の墓といわれている。その他、境内には樹齢400年にもなる大イチョウがある。 |
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| 貝がら節(気高町) |
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| 「貝殻節」は日本海沿岸の浜村、賀露、泊、妻波などに伝わる鳥取県の代表的な民謡。浜村の「貝殻節」は、昭和7年作曲家三上留吉、浜村出身の民謡作家松本穣葉子により「浜村温泉・貝殻節」としてレコード化。これに艪漕ぎの姿で踊る「貝殻節踊り」を加え、全国的に有名になった。 |
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| 魚見台(気高町) |
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| 本町と青谷町の境界、国道9呈線泊いに魚見台と呼ぼれる高台ガある。昔、イワシの大群ガ押し寄せたときに、ここから老漁夫ガ大声で指示したことから、魚見台と名付けられたという。この魚見台から見下うす浜村海岸は、帆立貝ガ30〜50年周期に大発生し、帆立貝を獲るため、重いじよれんと呼ぼれる道具を船で引いた。その漁の労働歌ガ「貝殻節」である。 |
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| 布勢の清水(気高町) |
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| 布勢平神社の境内の岩の下から湧きだす清冷な清水。この清水がいつ発見され、いつごろから利用され始めたのかわからないが、古くからこの地域の人々の生活用水として大切にされてきた。また、この地の領主亀井茲矩は、「その清冷さ氷のごとき」と賞賛して、かたわらに涼亭を設け、夏には日ごとに納涼したと伝えられる。昭和60年6月、県より因伯の名水に指定された。 |
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| 阿弥陀の森大タブノキ(気高町) |
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| 推定樹齢400年以上、幹は地上2mのところでこぶ状に肥大し、大きく四つに分かれ、さらに3〜4mの付近にコケ類やシダ類ガ付着して数十本の太い枝に分かれる。樹冠は均整のとれた傘型に広がっている。気高町指定天然記念物。 |
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| 浜村温泉(気高町) |
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浜村温良は今から、約490年前に開かれた温泉町です。山陰でも渇の湧出量が、いちばん多いといわれています。目の前に日本海、美しい砂浜の海辺が、展がっています。古くは、勝見温泉として知られていますが、古書によると「天正年間鹿野城主亀井氏の臣・宍戸豊後、白鷺を射て、之をきずつく、鷺、沢畔に留りて去らず、往きて検するに温泉湧出せり」と。一名・鷺の湯ともいわれています。湯量の豊富な浜村には、県下でも、他に類のない温泉プールが各所にあります。
【泉質】含石膏食塩泉、単純放射能泉69度。婦人病・胃腸病・リュウマチ・神経痛他、に効能があります。 |
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| 両国梶之助の墓(気高町) |
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| 梶之助は、寛文4年(1664)本町の母木新町に生まれた名力士。鳥取藩のお抱え力士となり、「浮舟」「山ノ井」と名乗った。「両国」とは、因伯二州にかなう者無しの意から藩主池田光仲が命名したといわれている。京に出て元禄期の勧進相撲で活躍し当時の最高位大関に名を張った。役者とも交流し、前髪に櫛を挿したのも梶之助がはじめといわれている。また歌舞伎の「双蝶々曲輪日記」の主人公のモデルになったとも伝えている。 |
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| らっきょう畑(福部町) |
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| 夏に植えられたらっきょうは10月の下旬ごろ一斉に可憐な花をつけ、あたり−面を赤紫のじゆうたんを敷き詰めたように彩ります。このらっきょうは村の代表的な特産物で日本−の昧と品質を誇ります。 |
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| 多鯰ヶ池(福部町) |
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| 砂丘のすぐそばにあり中国地方で一番深い池(最深17.3m)です。池には蛇の化身であった美女が身を沈めたというお種伝説が残っています。 |
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| お種伝説(福部町) |
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| 昔お種というお手伝いさんがいつも甘い柿をとって来てくれ、どこから持って来てくれるのだろうと、3人の若者が後をつけるとなんとお種は蛇に身を変え池の島に泳いでいきました。そして正体を見られたお種は2度と帰ってきませんでした。それからだれ言うともなくこの池を「たねが池」と呼ぶようになりました。 |
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| 福部歴史資料館(福部町) |
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お知らせ処と併設。村内で発掘された出土品や古文書など、貴重な文化財資料を展示・紹介しています。
入館料 100円 |
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| 岩戸海水浴場(福部町) |
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| 砂丘から続く福部の海岸は景観の美しさもさることながらレジャーの宝庫でもあります。海水浴、ダイビング、ウインドサーフィン、磯釣りと楽しみが多彩です。 |
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| 麒麟獅子舞(県指定無形民俗文化財)(国府町) |
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| 麟麟獅子舞は、「麒麟」の彫り物をかむった2人立ちの獅子舞役と、通常「狸狸(しょうじょう)」と呼ばれる怪しい役により構成された舞です。江戸時代に鳥取藩主池田光仲が始めたといわれるこの舞は因幡地方独特の古い原型を伝えています。 |
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| 因幡万葉歴史館(国府町) |
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天平のロマンが集うミュージアムをメインテーマに古代遺跡と万葉の世界、民俗芸能にスポットを当てた歴史博物館。万葉集に詠まれた植物と因幡にゆかりのある動物を配した回遊式庭園、マルチメディアを駆使した展示など様々な工夫が凝らされています。
開館時問/午前9時〜午後5時 (入館は午後4時30分まで)・休館日/月曜日、月曜日が祝日の場合開館)年末年始(12/29〜1/1)・駐車場/歴史館隣、無料、乗用車100台、大型車10台収容) |
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| 因幡国庁跡(国府町) |
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| 平安・鎌倉時代に因幡国を治めていた古代の役所跡。その規模は、東西150m、南北216m面積約32,000平方メートルと考えられており、そのうち約7,000平方メートルが歴史公園として整備。 |
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| 大伴家持歌碑(国府町) |
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| 因幡国守に任命された大伴家持が、758(天平宝字3)年正月1日に祝賀の宴をはり、念頭の所感を詠んだ「新しき 年の始の初春の 今日降る雪の いや重け吉事」という歌が彫られています。家持は、因幡国守として在任中(758〜761年)、万葉集を集大成し、この歌が万葉集4,516首の最後を飾っています。 |
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| 日本の滝百選「雨滝」(国府町) |
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| 雨滝は、幅4m、高さ40mの飛漫で、トチ、ブナの原生林におおわれ、断崖絶壁からごう音を発して落水する様は、神秘的な幽境を思わせます。春は新緑に萌える若葉に小鳥がさえずり、体に汗する炎天下の夏も冷気を感じ、紅葉の頃となれば清流も黄金色に変わり、厳冬は岸壁の草木とも氷にとざされます。また、近くには筈滝やとよ滝など、多くの滝があり、一部は中国自然歩道で結ばれ、河合谷高原へと通じています。 |
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| 河合谷高原(国府町) |
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| 河合谷高原は、扇ノ山の山麓に開ける広大な台地で、そこから眺める景観は絶品であり、新緑の春から紅葉の秋にかけて、森林レクリエーションと自然とふれあう憩いの場として賑わいます。また、この広大な台地を利用して育成牛の放牧や高冷地大根の栽培が行なわれています。 |
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| 因幡の傘踊り(国府町) |
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| 因幡の傘踊りは、揃いのゆかた、白鉢巻きにたすき掛け、金、銀多采三の色紙を張り、100個の鈴を付けた長柄の傘を振り回す勇壮活発な踊りです。昔、この地方が大干ばつなったとき、雨乞いの祈祷をしたのが始まりです。1993年は中国北京で、1995年には米国ニューヨークで公演を行いました。 |
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| 三滝渓(河原町) |
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| 数々の奇岩、40余りの大小さまざまな滝が続く三滝渓。三滝渓最大の見どころ・高さ80メートルを誇る千丈滝、つり橋からの景観は、自然の中に包み込まれたようです。目にまぶしい新緑から紅葉の季節まで森林浴や渓流釣りなど、楽しみ方はいろいろ。シャクナゲの群生地で、5月初旬、ピンクの可憐な花をさかせます。野外活動の拠点となる各種施設も充実。仲間同士や家族連れで、四季折々の渓谷美を満喫していただけます。 |
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| 八上姫公園(河原町) |
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| 河原町では、八上姫を祀る売沼神社と嶽古墳(八上姫の墓と伝えられています)のある曳田川周辺1ヘクタールを、八上姫のロマンを伝える公園として、整備しています。園内には、大国主命が八上姫のもとへ向かう途中、海岸で白兎を助ける挿話にちなみ、蒲(がま)が植えられています。 |
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| 売沼神社(河原町) |
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「延喜式神名帳」(927年)に、八上郡「売沼(ひめの)神社」と記されているのが、現在の「売沼(めぬま)神社」です。祭神は「稲羽八上比売命(いなばやかみひめのみこと)」で、明治元年には、イザナミノミコト、ウケモチノカミ、タケミナカタノカミ、タカオカミ、クラオカミの5神が合祀されました。元禄年間(1688年から1704年)に「西の天王」から「式内社売沼(ひめの)神社」と復称し、寛政6年(1794年)9月に社殿を再建。社伝の記録には、「八上姫神社」拝殿扁額には「稲羽八上姫命神社」とありますが、今日では、一般に「売沼(めぬま)神社」と呼ばれています。
嶽古墳(だけこふん)
八上姫を祀る売沼神社(八上比売神社)のすぐ裏山、簗瀬山に築造された前方後円墳(全長50m、幅19m、高さ4m)。八頭郡内最大規模で、地元では、八上姫の古墳といわれています。 |
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| 霊石山フライトエリア(河原町) |
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数々の伝説と神話に富む霊石山(標高334メートル)は、空中散歩を楽しむ若者たちでにぎわうスカイ・スポーツのメッカ。日本海から吹き上げる風が上昇気涜となってスカイ・スポーツに最適。高さ、眺望、気涜と三拍子そろった西日本有数の好エリアとして知られていまままた近くにある鳥取砂丘ではスカイ・スポーツのスクールが開かれており、初心者でも飛ぶ感動を味わうことができます。
オーク・ハンググライダースクール・Tel.0858-85-2803・ゼロ・パラグライダースクール・Tel.0727-53-8890
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| お城山展望台「河原城」→詳細(河原町) |
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かつて秀吉が陣を築いたというお城山の頂上(標高98メートル)にそびえる三層四階建てのお城山展望台「河原城」。別名「若鮎城」といい、城内には河原町の情報および歴史・文化を資料展示、四階のテラス展望台からは遠く鳥取砂丘の一部が望めます。三百六十度に広がる雄大なパノラマをお楽しみください。夜はライトアップされ、美しい姿が夜空に浮かび上がります。
開館時間/午前9時〜午後5時(4月〜9月の土曜日は午後9時まで、入館は閉館時刻の30分前まで)・休館日/月曜日 年末年始(月曜日が祝祭日の場合は翌日)・人館料/無料・問0858-85-0046(河原城風土資産研究会) |
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| 佐治天文台(佐治町) |
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国内最大級の口径103cmカセクレン式反射望遠鏡。冷却CCDカメラや最新式のコンピュータ制御で宇宙の神秘を見せてくれます。
●開館時間
夏期(4月〜9月)9:00〜22:00
冬期(10月〜3月)9:00〜21:00
●休台日
月曜日、祝日の翌日(土・日・月になる場合はその翌火曜日)年末年始、毎月第3火曜日
●お問い合わせ
TEL.O858-8-1011 FAX.O858-88-0103 |
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| さじアストロパーク(佐治町) |
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| 星はその輝きから私たちに多くのものを情報として伝え、時には天体ショーとして楽しませてくれる。星、それはいつも人類にとって神秘である。そしてロマン。宇宙に逢える場所、星に一番近い場所で時間を忘れて、月日を感じて…。 |
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| プラネタリウム(佐治町) |
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| 直径6.5mのトムまクリーンに映し出される満天の星空。幻想的な宇宙体験や星の物語をご覧ください。(定員40名) |
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| 和紙工房「かみんぐさじ」(佐治町) |
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代々の生活の厳しさの中から生まれた産業、紙すきそのふうあいは地域にしっかりと匠の技として根付いています。伝統は一つの形を知恵の賜として息づいてきました。手から手へ伝えられるものの味わいを体験できる場所、創ることの大切さを感じて・・・。
営業時間/9:00〜16:30・定休日/毎通水曜日・内容/紙すき体験、土産販売、食堂・問O858−89−1816 |
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| 佐治谷青少年旅行村(佐治町) |
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キャンプ場
内容/簡易オートキャンプ(12区画)・期間/5月〜11月・問(弥留気地蔵工房)O858-88-0734 |
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| 山王滝(佐治町) |
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| 高さ15m・幅4mの山王滝は四季折々に格別の美しさを見せてくれる。 |
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| 山王谷キャンプ場(佐治町) |
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| 内容/キャンプ(17区画)、水洗トイレ、休憩所(定員80名様)、バーベキューハウス、コインシャワー完備・期間/4月〜11月・問(たんぽり荘)O858-88-0666 |
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| もちがせの流しびな(用瀬町) |
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| もちがせの流しびなは旧暦の3月3日、男女一対の紙雛を桟俵にのせ、菱餅や桃の小枝を添えて、災厄を託して千代川に流します。無病息災で一年間幸せに生活できますよう願う情緒豊かな民俗行事です。昭和60年、県無形文化財に「もちがせの雛送り」として指定されています。もともと物忌みの行事で、紙などで人形を作り、これで体をなで、災いをその人形にうつして川や海に流す行事から生まれた風習です。流雛そのもののの原型は、平安時代にさかのぼるといわれています。 |
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| もちがせ「流しびなの館」(用瀬町) |
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| 室町時代の京都金閣寺をモチーフにした大型木造建築です。当館は木材の持つ温かさなどの優れれた特性を味わっていただけるとともに、木造建築とひな人形の個々がかもしだす日本古来の伝統美やその調和された美しさを満喫していただけます。近代日本では珍しい大型木造建築は、材木処として知られている当地、八頭郡内各地より伐り出された杉・松・檜等の大型銘木を贅沢に使っています。館内中心には直径60cm、長き13mの智頭杉の丸太四尺柱が4本、天に向かってそびえ、周りには直径50cmの杉丸太が11本。檜の隅柱、通し柱、管柱、松集成の大梁と、その達形美は在来工法の最大級を誇っています。展示室では各時代の雛人形と木の香り・ぬくもりの中で時を越えた銘木と雛の語らいに耳を傾けてみて下きい。 |
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| 観光物産センター(用瀬町) |
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用瀬を訪れた方の寛ぎの場所として、約70名の談話室、休憩室をはじめ、月見台、町内外の名産品、特産品の展示即売、お茶など流しびなの館とともに楽しめます。
TEL.0858-87-3220
休館日 毎週水曜日 祝祭日の翌日
年末年始12月29日〜1月2日
開館時間 午前9時〜午後5時 |
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| 中津美渓谷(用瀬町) |
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| この谷は八百八谷と言われ、至る所に大小の滝がかかって大滝、小滝、らく滝、安ヶ母滝、黒滝、白髪滝等大小かかる景勝の地です。大滝には不動尊が祀られていて信仰の厚い人々の参詣があります。渓流釣りを楽しむ人訪れる人々の心を満足されてくれます。 |
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| 赤波川の甌穴(用瀬町) |
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| 赤波川の水の流れが生み出した穴「甌穴」は、川の流れによってくぼみに入った小石などが、水が増えたときかき混ぜられてくぼみを削り、そのくぼみが大きくなったものだという。自然にできた甌穴がすばらしく秋の紅葉も見逃せない。 |
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| フォレストリア用瀬(用瀬町) |
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フォレストリア用瀬は、まさに大自然のふところにあります。朝に夕に「森林浴」「バードウオッチング」「渓流釣り」「山菜採り」。そして一年中、満天の星が夜空を飾り、夏の夕暮れには無数のホタルたちが清流を飛び交うロマンチックな森です。
Tel.O858-75-4051
Fax.O858-75-4052 |
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