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  簸川平野の広々とした田園の整然と刈り込んだ築地松の美しさは必見です。380点の銅剣・銅鐸・銅矛が出土した荒神谷遺跡は日本の古代史の定説を根底から覆した大発見でした。遺跡は一括して国宝に指定されています。  
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問い合せ…島根県観光連盟(0852-21-3969)・斐川町観光協会(Tel.0853-73-9240・Fax.0853-73-9239)
荒神谷遺跡のなぞ…驚異の事件出土数、初めての銅鐸・銅矛のセット出土。この遺跡は弥生時代の出雲のなにを語るのか !!
多量の弥生時代の青銅器が出土して、その名が知られるようになつた荒神谷遺跡は簸川郡斐川町大字神庭(かんば)の通称西谷(さいだに)と呼ばれる細長い谷の最奥部にあって、JR荘原駅の南方約2キロの所に位置しています。県教育委員会では昭和59年7月、以前から計画が進んでいた簸川南部大型農道建設に先立って遺跡試掘調査を行っていました。
そのうちの一つである荒神谷遺跡で試掘調査中に358本の銅剣が整然と並べられた形で埋められていることが明らかになりました。マスコミにも大々的に取り上げられ島根県の荒神谷の名は全国的にも知れわたり、この地は一躍脚光を浴びることになりました。その大きな理由は空前絶後といっても過言でない銅剣の多さ、さらにもう一つ、これまで弥生時代の青銅器は九州や近畿地方を中心として出土するものと考えられ、島根県は青銅器とは緑の薄い地域とされていたのですが、そうではなかったという意外性にもあるといえます。
銅剣、銅矛、銅鐸等が作られた弥生時代は、紀元前300年〜紀元後300年の間をいい、大陸の影響を受けて稲作農耕や銅や鉄で作った道具(大刀等の武器類、鋤鍬等の農耕具類)の使用が開始され、定着していった時代です。
これまで西日本を中心に各遺跡から出土している多くの青銅器は、この間に大陸から輸入されたり、それをモデルとして作成されたものです。それらのうち銅剣はこれまで全国で約三百本出土したといわれています。ところが荒神谷遺跡出土銅剣358本という数は一遺跡出土数としては最も多いことになり、それまでの出土総数を一挙に越えてしまったわけです。弥生時代青銅器研究で知られる著名な考古学者佐原眞氏が著書『大系日本の歴史』(小学館)の中で「この報に接して私は、自分の耳を信じられず、受話器を握ったまま絶句してしまった一というのも、いかに荒神谷遺跡出土銅剣の量が多いかを物語るエピソードです。
考古学では、日常生活に使用された土器が時を追って形態を変えていく過程を把握し、専らそれをもって時代を押さえる指標としています。仮に荒神谷遺跡の銅剣に弥生時代のある時期の土器が伴って出土したとすれば、その埋納の時期を決定することができ、この遺跡の重要性がさらに増すことになります。またほかの時期不明な青銅器出土遺跡の時期推定にも大きく寄与することは言うまでもありません。しかし、弥生時代の青銅器鞍は九州地方の墓に伴うものを別として本州で土器を伴う例はなく、その点では荒神谷遺跡も例外ではありませんでした。
そこで翌60年7月、再度調査を行ったところ銅剣が出土した位置から東方へ約7メートル奥まった斜面で銅鐸6個、銅矛16本が出土しました。両者がセットで出土した例はこれまでなく新知見を加えることになりました。この荒神谷遺跡がわが国の青銅器文化を考える上にも極めて重要な存在であることが重ねて認識されることになり、昭和62年1月、国の指定史跡となっています。
青銅器とは銅と錫を主成分とする合金の鋳造品をいい、酸化すると青色に変色することからその名があります。矛は長い柄をつけた槍状の武器で、剣は片手で持ち相手を突く機能を備えた武器です。両者とも身が細く短いものから、幅が広く長いものまでさまざまな形のものがあります。古い時期のものは細く実用的ですが、時期が新しくなるに祝って幅広となる反面、身が薄く柄の取り付けが不可能となり、実践には不向きな形へと変化していくことが知られています。銅鐸も初期のものは風鈴のようにつるして揺り動かすことによって音を発するものであったと想像され、荒神谷遺跡の銅鐸の中には最古の特徴を持つものも含まれています。銅鐸は全国的に見ると小型なもの(古)から大型なもの(新)へと時期を追って変化する傾向があり、弥生時代の終わりごろには高さ130センチに達するものまで盛んに作られます。このように実践的なものから非実用的で大型化するのは武器や楽器を象徴とする祭祀用の道具に変化したものと考えられています。
一方それらが発見される場所は、弥生時代の集落の近くの場合もありますが、多くは人里離れた谷や丘陵上で、さほど深くない地中であることが多く、荒神谷遺跡とも共通する要素が認められます。
ではこのような青銅器の埋められ方は何を物語っているのでしょうか。これについては古くから次のような三つの学説があります。
その一つは隠匿説と称されるもので、外敵に対して没収されぬよう隠したとするもの。放棄説は不用となったので棄てたとするもの。地中保管説は祭器である青銅器を祭りの時以外は土中に保管しておくことになっていたが、やがて祭りに変化が起き、それらが不用となったために地中に忘れ去られたままとなったとするものです。荒神谷遺跡の場合は、場所や埋納方法から推測すると隠匿説や放棄説よりも地中保管説が妥当のように思われます。しかし、銅剣については鋳造されて間もない未使用の品々が整然と並べられているとみることもでき、果たして地中保管説で説明しきれるか検討が必要といえます。多量の銅剣がどこで鋳造されたのか、また誰の手によってなぜ埋納されたのか、さらに出雲古代史の中にどう関連づけて考えていくのか、解明すべき問題は多く、荒神谷遺跡周辺は依然としてなぞに包まれたままといえます。
築地松…全国に例のないこの美しい屋敷林には、水と闘った新田開発の歴史が秘められている !
出雲空港に降り立った人たちが最初に出合うのが築地松に固まれた出雲平野の散村景観ではないでしょうか。この松の並木をどうして築地松と呼んでいるのでしょう。また低湿地帯であったこの地に、湿地を嫌うはずの松がどうして植えられているのでしょう。ちょっと不思議に思われるこのようなことも、その歴史をたどりてみるとよく理解できます。
出雲平野は、もともと海峡であった部分が斐伊川や神戸川にまって運ばれた土砂で次第に埋められてできたものです。当時川の氾濫の度に中州や土手状の陸地が幾つもできました。そこに山すそに住んでいた人たちが耕地を求めて進出し、水田や作業水屋が造られました小屋の周りには、時々起こる大水や冬の季節風を紡ぐため高さ1メートル以上の盛土が巡らされました。いわゆる「築地」が造られたのです。そして築地には補強のためマダケが植えられたり、潮風に強いタブノキやマテバシイなどの常緑広葉樹が植えられました。現在でも家の周りをこのよう常緑広葉樹で囲んだり、マダケが植えられた民家がよく見受けられますが、これは当時の名残といわれています。
やがて川岸に堅固な土手が築かれ大水も少なくなりました。また排水路も完備され湿地が乾燥化し、人が住めるような土地に生まれ変ってきました。このょうな乾燥化に伴ない、強風時にわらぶき屋根を傷めたりするマダケに替えて潮風に強くやせ地でも育ち風格もあるタロマツが植えられるまうになりました。これが築地於の始まりというわけです。枝下ろしをした枝や葉は、農家の貴重を燃料にもなりました。そのうち枝下ろしに美的要素が加わり、各家が競って美しい剃り込みを行うようになってきましたが、これには出雲人の優れた美的感覚と、肥沃な土地で裕福な農家が多かったことなどが考えられます。
築地松は家の西側と北側に配置され、防風林としての役割を担っていますが、もともとはその名の示すように洪水防止的を要素が強かったと思われます。南と東側は開放的な空間とされ、庭木や雑木が植えられています。このように全体としでは、家を樹木で困った屋敷松の様相を呈していますが、一戸一戸が独立しでいることや角型にきれいに刈り込まれていることなど、築地松は全国に類を見ない独特の屋敷林となっています。散村の屋敷林としては富山県の砺波平野の防風林(「垣内」かいにょ)が知られていますが、築地松のような美しい刈り込みは成されていません。ですから出雲平野の築地松は、全国に誇れる非常に優れた郷土景観といえるでしょう。中でもわらぶきの民家と築地松の織り成す景親は特に素晴らしいものです。今ではあまり見られなくなりましたが、まだわらぶき屋根が点々と残っています。この出雲地方の民家の屋根には大きな特徴があるのをご存じですか。それはゆるやかな曲線で構成されたそりが各所に見られることです。棟は縄だるみ曲線と呼ばれる縄を少したわめた時にできる曲線で構成され、南端がそり上っていまず。よく見ると屋根の四方もわずかにそり上っでいるのがわかります。こうした出雲人の洗練された美的感覚は、築地松の刈り込みにも同様に生かされています。
このように築地松は大水時の防御、冬期の防風、燃料確保、剃り込みによる家の格式表現などさまざまを役割を果たしてきました。この全国的に貴重な築地松も近年捻くい虫の被害により大きな痛手を被り、歯抜け状態の築地松が急増しています。何とかこの優れた郷土景観を残していきたいものです。
 

一片の土器から…荒神谷遺跡の発見

 
荒神谷遺跡の銅剣
 
荒神谷をとりまく世界
銅剣のなぞ
 
荒神谷遺跡の銅鐸
 
古代出雲年表
銅鐸・銅矛のなぞ
 
荒神谷遺跡の銅矛
 
荒神谷史跡公園
荒神谷遺跡…銅剣発掘ドキュメント
 
加茂岩倉遺跡
 
荒神谷博物館「荒神谷遺跡・加茂岩倉遺跡」神々の国のプロローグ
 
出雲いりすの丘
 
出雲いりすの丘
26万2mの緑豊かな牧場と温泉施設がいっしょになった体験型農業公園です。かわいい動物たちとふれあったり。農畜産品の手作り加工体験や、ここでしか味わえない地発泡酒、ソーセージ、パン、乳製品など大人から小人まで楽しめる公園です。
斐川公園
直江町にあり、春は約2万本のつつじが咲きほこり、5月5日にはつつじ祭りが行われます。野球場、テニスコート、自由広場、多目的広場、遊園地等あります。
斐伊川
中国山地船通山に源を発して、大小幾多の交流を合わせて宍道湖に注ぐ川。『古事記』に載る神話、須佐之男命による八岐の大蛇退治の舞台が斐伊川です。この川の上流には、神話にゆかりの場所が数多くあります。
万九千神社
出雲では神無月を神有月と呼び、全国の八百万の神々が集まられ、出雲大社、佐田神社を経てここに移られます。11月26日は神等去出の神事が行われます。
築地松
水量豊かな斐伊川に抱かれた斐 川平野。広々とした田園は春か ら夏は鮮やかな緑色に、秋には一面黄金色に美しく染まります。その中に西と北側を整然と刈り 込んだ築地桧の美しさは必見もの。
岩野薬師
浄土宗岩野山大光寺、一畑、平田とともに出雲三大薬師の一つ。手足が不自由な人、乳の出が悪い人に霊験があるといわれ9月8〜9日には岩野薬師大祭が行われます。
チューリップ畑
斐川平野も春になると、多くのチューリップが咲きそろい、築地松との美しいコントラストを描き出す。また、4月にはチューリップフェスティバルが行われます。
西光院
出雲七福神霊場の一つ。商売繁盛の昆沙門天がまつられており、精進料理・ばてぼて茶も知られています。山内「好日庵」予約受付→0852・72・6455
 
湯の川温泉
神代の昔、出雲からやってきた大国主命と恋に落ちた稲羽の国(鳥取県)の八上姫は、命にスセリヒメというおきさきがあることを知らず、出雲の国に帰られた命を慕ってはるばる旅に出られました。かよわい足取りで厳しい旅を続けられ、出雲の入り海(宍道湖)を船で進まれた八上姫は、南の山の谷あいに湯気が立ち上がるのをご覧になりました。湯の泉があるに違いないと近づいてみると、そこには岩の間からこんこんと湯がわき出ているのです。旅の疲れをその温泉でいやされた八上姫は心身共にお元気になられ、いっそう美しい美人神になられたと伝えられています。
  火の山の ふもとの湯こそ 恋しけれ 身をこがしても 妻とならめや
  (稲羽の国にお帰りになるとき、ふたたび湯の川温泉に立ち寄られた八上姫のお歌です。)
美人湯伝説
出雲空港から車で5分、三方を山で囲まれた閑寂な地に湧くひなびた温泉「湯の川温泉」は、和歌山県龍神温泉と群馬県川中温泉と並んで日本三美人の湯として女性に人気の温泉です。
 
湯の川温泉「松園」島根県郷土料理指定店

  
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