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穂掛祭(上図は揖夜神社の穂掛祭の壁画)
揖夜神社の穂掛祭は、毎年8月28日に盛大な船神事と提灯行列が行なわれます。この祭はその年稔った稲穂を榊に掛けて穂掛榊を作り、新米で造った神酒や焼米などとともに神前に供え、田の神に感謝する祭です。中海の海岸にある「一つ石」という神石まで、神霊をのせた舟のお供をして美装した舟の行列が続き、帰りは陸路約1kmを神社まで名物の鈴成提灯をつけて町中を練り歩き近郷近在の人が見物参拝して大変な賑わいを呈しています。
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陣幕久五郎
文政12年(1829)下意東の貧しい農家に仕士まれた久五郎は、幼少の頃より力が強く、19歳のときに尾道市の力士に弟子入りしました。その後数々の力士に弟子入りし腕を磨き、39歳のときに第12代横綱の免状を手にしました。入幕から引退までの勝率は94.6%で、その間一度も「待った」をしなかったので「負けずの陣幕」の異名を取りました。
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晩秋の風物詩…日本一の干し柿
上意東の畑地区は、江戸時代中期から干し柿の里として知られており、その技術は色・大きさ・味の三拍子が揃って日本一ともいわれ乾燥場に吊るされた飴色の柿すだれが晩軟の風物を彩っています。畑地区の柿色一色の景観は「第5回美しい日本のむら景観コンテスト」(平成9年3月)で優秀賞を受賞しているほどです。
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星上山展望台
上意東から八雲村へ抜ける途中に位置するこの場所は眼下に中海・宍道湖を一望することができます。
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意東海岸
冬にはカモなどの野鳥の楽園となり、意東小学校の児童が餌付けを行っています。また、この海岸からは雄大な大山を眺望することができます。
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黄泉比良坂…生と死の国ざかい!
黄泉の国(あの世)と現世の世界の境界とされ、古代出雲神話の中で、国生みの神イザナギ(伊邪那岐)命が、先立たれた最愛の妻(伊邪那美)命を慕って黄泉国を訪ねていったその入り口が黄泉比良坂であると伝えられ、古事記では、この地を出雲国の伊賦夜坂であるとしており、「神蹟黄泉比良坂賦夜伝説地」と刻まれた石碑が建っています。
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阿太加夜神社
"くにびき神話"の舞台となった出雲郷平野は古代出雲国庁の所在地でもありました。万葉集には奈良の都から、国司として赴任した門部王が平野を流れる意宇川の辺りに佇み都を忍んで詠んだ「飫宇の海河原の千鳥汝が鳴けば吾がきほ佐保川の念ほゆらくに」という和歌も収められています。この平野の一角に繁る意宇杜には、阿太加夜神社が鎮座しています。
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出雲金刀比羅宮
戦国時代の戦跡が点在する京羅木山の中腹、富士賀瀬には日本五大隨神のひとつといわれる座像1.7メ−トルの隨神を祀る隨神門をもつ出雲金刀比羅宮があります。明治から大正にかけて厄除け、特に船舶の安全析疇に霊験あらたかとされ参詣人でにぎわったといいます。富士賀瀬は中海や島根半島が一望できる佳境で、桜やつつじを植えて東屋を建てるなど住民の手で散策ルートが整備されました。
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乗光寺庭園
乗光寺は、高野山真言宗派で、その開基、創立の年代は明らかではないが古い歴史をもつ寺で、貴重な文献、資料を多く保存しており、その庭園は、山畔を利用した平地を広くとった枯山水式で、平景清の築庭といわれています。
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平和観音像
京羅木山頂(標高473m)に、昭和58年地元有志により、この山野に眠る大内・尼子・毛利のつわものども、そして昭和の礎となって大戦に果てた英霊の鎮魂と万邦の永世平和を祈念して建立されました。毎年9月23日に盛大に法要(京羅木観音祭)が営まれます。
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高清水神社
下意東野呂地内の山の中腹に湧水をたたえる小池をもつ小祠は高清水神社。およそ280年前の享保元年、能義郡目白村の安左衛門が神夢によってこの水で身を清めたところ持病が治ったことから霊水として信仰を集めています。現在も病はもとより田畑の虫難に効験があるとして水を汲んで帰る人が後を絶ちません。
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揖夜神社
旧道沿い、市の原川の右岸、宮山にうっそうとした森の中に鎮座する社で、風土記に伊布夜神社と記された伊布夜の地にまつわる出雲国造直轄の神社です。本殿は大社造り、内部に極彩色の壁画(御田打祭、御田植祭、穂掛祭)があり、年代作者とも不明ですが、古事記以前のものと思われます。
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筑陽神社
事代主命(恵比須さま)を主祭神とする本殿は、中海を臨む丘陵、うっそうとした森の神域にあり、毎年10月16日の秋祭には、第12代横綱陣幕久五郎の顕彰して、奉納相撲が行われます。
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門部王の歌碑
阿太加夜神社の境内に意宇川に臨んで建ち、万葉集に「飫宇の海の 河原の千鳥汝が鳴けばわが佐保川の思ほゆらくに」と詠んだ門部王は、王朝の昔出雲国庁の長官として赴任した皇族であり、遠い都への郷愁がつのる都人の感情があふれる歌です。
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美人塚
上意東の大江の地に、今も「稚児が池」という湧き水があります。昔、この池で産湯をつかった女の子は、鄙にはたぐいまれな美女に育ったので、村人達は大江美人と呼んでいました。下意東の磯近の旧道筋の田の中にひっそりとたたずむ塚は、この大江美人にちなむ悲しく哀れな夫婦愛の伝説が秘められています。
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