| 島根半島西端の日御碕に鎮座する古社。
『出雲国風土記』は美佐伎社、『延喜式』に御碕神社と記されているのが、今日の日御碕神社であろう。
朱い楼門をくぐると、正面に日沈宮(下の宮)、右手高いとろに神の宮(上の宮)が鎮座する。
日沈宮には天照大神、神の宮には素盞嶋尊を祀をる。
いずれも平入りの本殿が唐破風向拝付きの拝殿と続いた権現造りである。
現在の建物は、徳川家光の命により、寛永14年(1637)藩主京極忠高が着手し、同21年(1644)藩主松平直政によって完成した。
桃山時代の面影をのこす貴重な神社建築として、14棟が一括重要文化財に指定されている。
南本殿とも内壁や天井には、狩野派、土佐派の絵師たちが腕を競いあった壮麗な壁画がある。
社伝によると、神の宮は安寧天皇の御宇、後方社殿は徳川家光により造営された権現造りで、本殿や壁画は極彩色の密画でけんらん目を奪うものがある。
神の宮は後方の隠ケ丘から遷し、日沈宮は天暦2年(948)神社前100メートルの日本海に浮かぶ経島にあったものを遷したという。
日御碕神社が古代にどんな勢力をもっていたか詳らかではないが、中世末期になると京極、尼子、毛利などの諸大名によってしきりに社領安堵がなされているので、少なくともこの時期になると、信仰、経済の両面で大きな勢力をもっていたものと思われる。
宇竜浦の権現島にある末社熊野権現では、毎年旧正月5日、日御碕神社の神官を迎えて和布刈神事が行われ、これが終わるとワカメの採取が始まる。
[問]日御碕神社社務所(0853-54−5261)[アクセス]一畑バス大社連絡所からバス22分、日御碕下車[場所]島根県出雲市大社町日御碕455
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