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  安来節発祥の地。八月には安来節全国大会が開催され、全国の安来節愛好家が自慢ののどを競います。清水寺は、古くから"安来のきよみずさん"と親しまれ、四季折々美しい佇まいを見せています。特に紅葉はすばらしい !  
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安来節 
  
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安来市役所商工観光課(島根県安来市伯太町東母里580)Tel.0854-23-3340
安来市観光案内所(島根県安来市安来町2093-3観光交流プラザ内)Tel.0854-23-7667・Fax.0854-23-7654
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安来物語
 
尼子物語…守護代から戦国大名に登りつめた風雲児経久と主家再興の志半ばに倒れた山中鹿之助

尼子氏の名字の地は、近江国犬上郡甲良荘尼子郷(滋賀県犬上郡甲良町、琵琶湖の東岸彦根市の南部)にあります。バサラ大名として有名な京極高氏(佐々木導誉)の三男が出雲・隠岐両国の守護高秀であり、その次男高久が本拠地としたのが近江国尼子郷でした。
当時出雲国では、鎌倉時代以来の伝統的な国人衆や、御碕社、杵築大社、鰐淵寺などの大社寺が、南北朝内乱後も依然として大きな勢力を張っており、京極氏の守護支配もこうした在地勢力と妥協することなしにはできない状況でした。ですから、室町幕府の要職にあって京都に滞在せざるを得ない京極高詮(たかのり)が、近江の在地領主であった尼子持久を守護代として出雲国に送り込んだのは、伝続的な在地勢力を抑えて京極氏の守護支配を貫徹させるためでした。尼子氏と出雲国のつながりはこの時から始まります。
尼子氏飛躍のチャンスは、応仁元年(1467)の応仁の乱の勃発によってもたらされました。この大乱に主家の当主持清(もちきよ)は、東軍細川勝元の与党として重きをなし、京都や近江で激戦を展開しました。そのため出雲国内の戦いを顧みる余裕はなく、尼子氏を頼みとせざるを得ませんでした。
出雲国では、隣国の伯耆、石見を西軍の雄山名氏が領国としていたために、山名軍の動きに呼応して国内の国人層が不穏な動きを見せ始めていました。しかし、尼子家当主清定は、むしろこれを好機として、守護代として主家京極氏の命を装いながら、国内の敵対勢力の制圧に乗り出していきます。
清定から尼子家の家督を継いだ経久ともなると、さらに積極的に主家からの独立を指向します。経久は美保関の関銭や幕府段銭を横領したり、寺社領を侵略したりして、反守護、反幕府的行動に出、戦国大名への道を歩み始めました。たまりかねた守護京極氏は幕府の応援を得て経久追討の命を発し、三刀屋氏、朝山氏、塩冶氏、古志氏などの有力国人がこれに応じたため、経久も対抗しきれず、守護代職を剥奪され富田月山城も明け渡さざるを得なくなりました。
しかし、忍従の二年間を送った経久は、文明18年(1486)の元旦に月山城の奪回に成功します。『陰徳太平記』によれば、毎年元旦に月山城内で千秋万歳を舞うのを習わしにしていた賀麻(がま)の一党を味方につけ、城兵が千秋万歳に気を取られているすきに、城内に攻め入って、守護代塩冶掃部介らの首級を挙げたといいます。
この後、経久は、仁多郡の三沢氏をはじめとする国人層の制圧に成功し、さらに備後、伯耆、安芸、石見などに出兵してその分国を拡大していきました。最盛期にはこのほかに隠岐、因幡、備中、備前、美作、播磨の一部までもが経久によしみを通じたといわれています。
経久引退後、尼子家の家督を継いだ孫の晴久は、祖父経久などの制止を振り切るようにして安芸遠征を行い、天文9年「1540)吉田郡山城に大内方の毛利元就を攻めて大敗してしまいました。勢いに乗る大内義隆は月山城攻撃を敢行しましたが、晴久はこの撃退に成功し、出雲、隠岐、因幡、伯耆、備前、備中、備後、美作入力国守護に補せられ、さらに幕府の相伴衆にも任ぜられます。
これによって尼子氏は、昔日の威勢を回復したかに見えましたが、大内陣営には毛利元就という恐るべき敵が成長していました。主君義隆を倒した陶晴賢を厳島合戦に破った元就は、瞬く間に周防、長門を征服して大内氏の後継者となります。そして尼子氏の資金源であった大森銀山を奪って石見を制圧すると、永禄5年(1562)から本格的に出雲への侵攻を開始し、反面、晴久は尼子軍団の中核である新宮党を自らの手によって滅ぼすなどの失政を行い、尼子氏の衰勢を決定的にしてしまいました。
出雲侵攻を進めた毛利元就は、本営を松江市の洗合山に置き白鹿城を攻撃します。この城は富田月山城防衛の重要拠点であるため、晴久の後を継いだ義久は尼子氏の全力を挙げて救援軍を送りました。尼子の重臣の子といわれている山中鹿介の名は、この救援部隊編成の際に近習馬廻り衆として初めて『雲陽軍実記(うんようぐんじつき)』に登場します。
白鹿城が陥落し中海からの補給路を切断されると、富田月山城は毛利軍によって完全に包囲されました。この包囲陣中に鹿介は、富田川の中洲で品川大膳と一騎打ちを演じ、これを討ち取ったといいます。一度は毛利方の総攻撃を切り抜けたものの、永禄9年(1566)になると主だった家臣までもが月山城を脱走するようになり、義久はついに毛利元就の軍門に降りました。
最後まで踏み留まった百四十余りの家臣は諸国に四散しましたが、山中鹿介や立原久綱らは京都にあって尼子家再興を夢見ていました。毛利元就が出雲の国人までも動員して九州へ出陣すると、鹿介らは新宮党の誠久(さねひさ)の遺児を、尼子勝久と名乗らせて擁立します。出雲奪回を目指す鹿介らは、永禄12年(1569)隠岐から島根半島に上陸し、月山城の奪回には失敗したものの、出雲の大半を回復したのです。しかし、元就も九州大友氏との講和を急いで、全軍を挙げて出雲救援に来襲し、鹿介らは広瀬町布部山に迎え撃ったのですが、兵力の差はいかんともし難く、総崩れとなってしまいました。そして尼子方の諸城は次々と落とされ、勝久らは元亀2年(1571)ついに出雲を退去することになりました。
尼子家再興を願う鹿介らは織田信長に頼り、毛利氏に対する最前線の播磨上月城を守りましたが、孤立し天正6年(1578)勝久 は自刃して果て、山中鹿介は備中松山城に護送される途中、高梁川の渡しで切られ、七難八苦の生涯を34歳の男盛りで終えました。

安来節…郷土の歴史や風土、人々の素朴な心が歌い継がれてきた民謡 !

『アラエッサッサ』のはやしと、軽妙酒脱などじょうすくいの踊りで、大正から昭和にかけて一世を風摩した「安来節」ですが、元は安来港で船頭相手の女たちが、酒席の騒ぎ唄として歌っていたものです。現在の「安来節」に作り上げたのは渡部佐兵衛とその娘お糸で、明治末から大正にかけて全国津々浦々、台湾、満州までも巡業の旅を続け、民衆の心を捕らえて「安来節」の全盛期を築き上げました。殊に大正5年、レコード吹き込みに上京して評判になり、当時東京で活躍していた島根県出身で都新聞の主筆だった伊原青々園(いはらせいせいえん)が紙上で宣伝したこともあり、浅草が「安来節」の中心となったこともありました。
この「安来節」につきもののユーモラスなどじょうすくいの踊りには、砂鉄をすくう動作をまねて作ったものだという説ともう一つの説があります。安来地方では盆踊りがすむと"笠破り"と称して若者が川からどじようをすくって来、畑からは野菜を失敬してきて、それで慰労の宴を開く風習がありました。そうした酒席で、だれかが座興にどじょうとりの真似をしたのが、いつか踊りにまで発展したのではないかといわれる説で、こちらの方が有力のようです。この踊りにはひょうきんな男踊りと、軽快な女踊りがあります。

 
安来市観光ハイビジョン撮影映像
 
安来市観光「清水寺」山陰インターネットビジョン
清水寺
厄払いの寺として慕われる清水寺は今を去る千四百年前、用明天皇即位二年(587)尊隆上人によって開かれた観音霊場です。
山上に瑞光現れ、その光明を因として山を瑞光山と号し、水の清く霊なるをもって清水寺と名づけられました。
5万坪の境内には三重塔など国や県の重要文化財も数多く、荘厳な空気に包まれています。春は約1000本のソメイヨシノで全山ピンク色に染まり、秋の紅葉はさながら錦絵のようです。
境内の旅館からの眺望は素晴らしく寺坊伝統の肉魚を一切使わない、吟味を重ねた伝統の精進料理を味わいながらの花見と紅葉狩、そして雪化粧。若葉萌ゆる新緑の世界は、きっと至福のひと時になることでしょう。
安来市.観光.旅館.グルメ「精進料理.紅葉館」ハイライトジャパン
清水寺「精進料理」紅葉館
清水寺の精進料理は、その起源は定かでありませんが、尼子、毛利の合戦玖前に遡るとされております。境内には数多くの寺坊があり、女人禁制の戒律の中、在家男子が厨を受け持ち精進料理を継承して参りました。
当館は、徳川末期に米子茶屋として開業し、出雲巡礼や一般参鉾者に清水名物の精進料理を提供して参りました。根本堂や三重塔を望みながら味わう精進料理は格別の趣がございます。
安来市.観光.旅館.グルメ「精進料理.松琴館」ハイライトジャパン
清水寺「精進料理」松琴館
清水寺の静寂の中、心なごむ味とたたずまい。当館は創業130年余、清水寺の風情豊かな四季と共に歩んでまいりました。
落ち着いた佇まいの中でいただく精進料理は、細やかな調理と季節の味を取り入れて、ここならではの味をかもしだし、皆様にきっと御満足頂けるものと思っております。
 
安来市観光&安来節のふるさと

 

清水寺(安来地区)
587年に開かれたといわれる天台宗の古刹で、往時は伽藍48坊をもつ山陰一の大霊場として知られていました。尼子・毛利の戦火にあい根本堂(重文指定)が残されるだけとなったものの、その後、毛利氏・松平氏によって諸堂が復興されています。なかでも三重の塔は山陰唯一の木造の多重塔で、木々の聞から仰ぎ見るその優美な姿は格別。宝蔵には十一面観音立像(高さ1.7メートル)など重要文化財や貴重な美術品が数多く保存されています
問0854-22-2151・9:00〜17:00・900円(三重塔、光明閣書院庭園、宝物館共通/見学は予約制)・ 安来駅から一畑バスで15分、清水坂下車、徒歩10分・P250台・安来市清水町528
 
古代出雲王陵の丘(安来地区)
市内荒島町の造山古墳群の周辺を教育・レクリエーション施設として活用するとともに、市民の憩いの場として整備。古墳群を周遊する散策路や展望台、レクリエーション広場があります。
 
和鋼博物館(安来地区)
古代の"たたら吹ぎ"製法から今日の近代製鋼に至るまでの製鉄の変遷の様子がタタラ高殿模型、天秤フィゴをはじめとする数多くの資料によって展示されているのが和銅記念館。特殊鋼の生産の原形である"たたら製鉄"の関係用具250点(重要民俗資料)のほか、日本でも有数の日本刀剣記録をはじめ貴重な文献・資料が多数公開されています。古来の製鉄技法が絶えるのとその資料の散逸を惜しんで昭和18年に設立されたもので、いかにも"ハガネのまち"にふさわしい歴史科学博物館です
問0854-22-2500・9:00〜16:30・休(水曜、祝日の場合翌日休)・700円・ 安来駅から徒歩15分・P100台・安来市安来町1058
雲樹寺(安来地区)
元亨2年(1322)後醍醐天皇・後村上天皇の帰依あつき高僧孤峰覚明禅師の創建に寄よるもので、松並木路中央に建立の四脚門、古文書など多くのものが重文、重美として現存しています。寺内は極めて静寂、閑寂として、とくに裏山庭園の数百株のつづじは5月ともなると一斉に開花し、一帯を花で埋め尽くすほどで、壮観そのもの。
問0854-22-2875・8:30〜16:30・無休・500円(三重塔、光明閣書院庭園、宝物館共通/見学は予約制)・ 安来駅からイエローバスで20分、千代富橋下車、徒歩5分・P60台・安来市清井町281
 
満開の桜の下、社日桜の安来公園で(安来地区)
数百本の桜の大樹があり山陰でも有数の桜の名所として知られる安来公園(社日公園)は、桜のシーズンはもとよりツツジ、紅葉と季節ごとに美しい彩りがあります。毎年4月上旬、「桜まつり」のころになると、数百のボンポリに映し出される夜桜。「安来千軒名の出たところ 社日桜に十神山」と安来節の名調子にも唄われていることから、園内には安来節発祥の地をしるす記念塔やお糸顕彰碑があり、満開の桜の下、安来節競演大会が盛大に行われ、安来節名人お糸にちなんだ「お糸まつり」も開催されます。
安来節(安来地区)
独特の節回しとユーモラスな踊りで全国に知られる安来節は、日本を代表する民謡のひとつです。波静かな中海のほとり、風光明媚で素朴な人情味あふれるこの地方独特の風土の中から生まれ育ったもので、その起源は江戸時代中期と伝えられています。全国的に広く知られるようになったのは明治末期から昭和初期にかけて。初代家元で名誉市民となっている故渡部お糸を中心にした一行が全国を巡業してその名を高め、安来節の第1期黄金時代が築かれました。今日では3代目渡部お糸が正調安来節の保存、普及に努めています。また、安来節を正しく伝えるとともにより一層の普及を図るために、明治44年に安来節保存会が結成され、昨年80周年を迎えました。会員は全国で約7千人にも及び、その活動も全国優勝大会、春の競演大会、資格審査会など活発です
安来節全国優勝大会
数多くの協賛行事が催されるなかで、特に安来節保存会による安来節全国優勝大会(8月15日〜17日)は観光客の間で大好評。選抜された会員が階級別にその技量を競う民謡の祭典に、県内外から多数のフアンが集まります。
 
安来節体験道場(安来地区)
全国的に有名な「どじょうすくい」ひょうきんな表情と微妙な腰の動きが特徴です。自然と笑いがおこり、楽しい一時が過ごせること間違いなし。あなたも、仲間同士で立ち寄ってみてはいかがでしょうか?きっとすてきな思いでになります。
問0854-28-6788(安来節屋)・ 安来駅からイエロー バスで20分、鷺の湯温泉下車、徒歩5分
 
日本一の横山大観コレクション「足立美術館」
安来駅から南西に車で約20分、鷺の揚温泉の一角にある足立美術館は、西日本唯一の近代日本画および美術の常設館です。横山大観をはじめ竹内栖鳳、川合玉堂、榊原紫峰、上村松園など近代日本画壇の巨匠の作品約1300点が収蔵されており、3か月に1度、年4回の特別展として一般公開されています。昭和59年に増築された横山大観特別展示館には、常時20点前後の大観作品が展示されていて、日本一の大観コレクションを満喫できます。また昭和63年4月にオープンした陶芸館には河井寛次郎、北大路魯山人の作品が展示されています。そして「庭園もまた一幅の名画である」という創設者の言葉どおりに京羅本山を借景とした1万3千坪の日本庭園が調和し、四季折々の雄大な庭園美が楽しめます。中国地方はもとより近畿、関東から訪れる人も多く、その数は年間40万人を超えるほど。
問0854-28-7111・9:00〜17:30・無休・2200円(本館、陶芸館共通)・安来駅からイエローバスで22分、鷺の湯温泉下車すぐ・P500台・安来市古川町320
 
鷺の湯温泉(安来地区)
昔白鷺が足の傷を癒したことからこの名が生まれたとも伝えられています。泉質は含塩石膏泉に属し多量のラジウムを含有しているため薬効高く、外傷・疲労回復・神経疾患・婦人病などによく効きます。温度は52℃で、湯量も豊富です。
問0854-22-3688(安来市商工観光課)・入浴のみ竹葉400円、安来苑500円・ 安来駅からイエローバスで22分、鷺の湯温泉前下車、徒歩5分・P各施設にあり・安来市古川町478-1
月山富田城(広瀬町)
約420午前、栄耀栄華を誇った月山富田城。大永元年(1521年)尼子経久のとき山陰・山陽11ケ国を領有し、尼子氏全盛時代を迎えました。永禄9年(1566年)尼子義久のとき、山中鹿介幸盛を中心とする尼子十勇士の健闘もむなしく毛利の軍門に降り富田城は落城。いま月山は悠然と立ち、城跡は四李のうつろいの中で富田川の流れとともに400年の峠を超えて何かを問いかけているかのようです。月山周辺は自然休養村として整備されていて、富田山山荘を中心に遊歩道や展望台、観光農園などがあります。
 
幸盛祭(広瀬町)
幸盛祭は戦国時代、34歳の波乱に満ちた生涯を尼子家再興に尽くした悲運の武将、山中鹿之助幸盛公の"難苦克服"の三日月精神を受け継ごうと昭和初期に始められた伝統行事。幸盛公の命日にあたる7月17日に行われています。午前5時のサイレン吹鳴を合図に、老若男女が富田城のあった標高157メートルの月山山頂目指して登山を開始。山頂では尼子・毛利の当時の戦を再現する野試合、介戦史話や幸盛を偲ぷ歌唱指導など多彩な催しが繰り広げられます。
 
祗園祭(広瀬町)
7月19日に始まる祗園祭りは、松江水郷祭、江津祗園祭りと並ぶ島根三人夏祭りのひとつに数えられ、21日が本祭り。高さ2.5メートルの竿に横木を十文字に取り付けて13個の提灯をつけた杉形提灯と、7個を横につけた風切提灯を高々と持ちあげて、御輿とともに夜の町内を練り歩きます。一種の万灯で、山陰では珍しい行事です。
 
金屋子神話民俗館(広瀬町)
製鉄や鍛冶の神様である金屋子の神話とそれにかかわる地域住民の生活や歴史の移り変わりを模型や映像などで紹介しています。
問0854-34-0700(広瀬町教育委員会)・9:00〜17:00・休(月曜、祝日の場合翌日休)・500円・ 安来駅からイエローバスで30分、広瀬バスターミナル下車、同バスに乗り換えて43分、西比田車庫下車、徒歩5分・P30台・安来市広瀬町西比田213-1
広瀬絣センター(広瀬町)
島根県の無形文化財に指定されている広瀬絣の製作工程が見学できます。伝統工芸品や特産品を販売しているコーナーもあります
問0854-32-2575・10:00〜17:00・休(水曜)・見学無料,藍染体験800円〜(予約制)・ 安来駅からイエローバスで25分、広瀬病院入口下車、徒歩5分・P50台・安来市広瀬町張778-1
加納美術館(広瀬町)
肥前焼の人間国宝や岡山県してい重要文化財保持者の作品や桃山時代の古備前など陶器500点、絵画、彫刻200点を随時展示しています。
問0854-36-0880・10:00〜16:30(3〜11月)・期間中(火曜、祝日の場合翌日休)・1000円・ 広瀬バスターミナルからイエローバスで19分、加納美術館入口下車すぐ・P60台・安来市広瀬町布部319
 
広瀬町歴史民俗資料館
広瀬町の歴史や文化関係の資料の保存、展示施設で、収蔵品を常時公開展示しています。
問0854-32-2767・9:30〜17:00・休(水曜)・200円・ 安来駅からイエローバスで25分、広瀬病院入口下車徒歩5分・P30台・安来市広瀬町張752
 
広瀬絣(広瀬町)
文政7年(1887年)に町挺長岡謙祥の妻貞子が伯耆の国米子町から餅の染織を伝授されて帰郷し、町内の女性たちに伝え広めたのが始まりという広瀬絣。大柄の絵模様に特徴があり、正藍一色に濃淡を交えて織り上げられます(現在、大野圭氏が技術を継承)
 
出雲鍛造工芸品(広瀬町)
江戸時代からの鍛冶の技術に刀剣製作技術を取り入れた鉄工芸品。槌打ちによる鍛造で形成するのが特色で、燭台や行灯など鉄のもつ独特の味わいがあります(現在、広瀬町布部の小藤洋也氏が製造)
 
武者絵五月幟(広瀬町)
山陰地方で古くから男の子の成良と出世を願って端午の節句に庭先に立てられた武者絵五月幟。この技術を継いでいるのは広瀬町字波の山崎広市氏。
 
八幡焼(広瀬町)
享保8年(1723年)に始められた八幡焼の伝統を、富田八幡宮の麓で守っているのは秦良次氏。青釉薬を特色とする焼物で、伝統の茶陶をはじめ日用雑器、木ノ葉天目などに心を砕いています。
杉葉線香(広瀬町)
江戸時代初期から日本産杉の葉の粉末を主原料として、手づくりで製造されてきた杉葉線香もふるさと伝統工芸品。杉の葉特有の香りが珍重されています
 
チューリップ祭(伯太町)
春、チューリップも満開のころ、毎年4月中旬には「伯太チューリップ祭」が開催され、県外からの観光客もいっばい。チューリップの切り花や球根の即売のほか、「子ども写生大会」など多彩なイベントが繰り広げられます。もちろん約100品種3カ本ものチューリップを一か所に集めて展示される見本園(30アール)も見逃せません。きれいなチューリップ畑で記念写真をとる家族連れなど、なごやかな光景も。春を満喫するには絶好の催しです。
鷹入の滝(伯太町)
伯太の奥秘境、鷹入山(標高706メートル)の中腹に、落差約30メートルで3段から成る自然美あふれる鷹入の滝があります。岩を流れ落ちる水は冷たく澄み、滝の部の名水百選にも選ばれています。滝入口から滝までは約400メートル、歩いて20分ほど。伯太川源流のせせらぎを聞きながら、木立の合間をのんびりと散策するのはとても楽しいもの。地区住民の努力で遊歩道や東屋が整備され、お年寄りから子どもまで自然と語り合うには絶好の場所です。毎年8月13日には「滝まつり」が開催され、ソーメン流しや野点など涼味あふれる企画が催されています。
 
陰陽竹(伯太町)
比婆山頂にある久米神社は伊弉冉尊を主祭神とする由緒ある神社。古くから安産、子授かりの析願社として知られています。ここの境内にのみ群生するといわれる陰陽竹は、男竹に女性的なササがついている珍しい竹で、伊弉冉尊が比婆山に登ったときの杖が根付いたものと伝えられています。学問的にも貴重な竹で、県の天然記念物に指定されています。
 
淡墨桜(伯太町)
中世来の物語を今に伝える大平集落で、阿弥陀さんの桜として親しまれているウバヒガンザクラ。花にかすかに黒味がある。
 
長台寺(伯太町)
天平年間の行基菩薩の開基といわれる天台宗の古刹で、出雲札所20番霊場。行基彫造るの千手観音像や古代寺院の中心礎石があります。
 
正月にそなえてにぎわう母里市(伯太町)
母里市は天保2年(1831年)から始まった「市」で、毎年12月25日に開かれています。母里の旧県道沿いにズラリと露店が並び、正月用のしめ縄や花木、竹かごなどが売られます。近郊から大勢の人出があり、市は終日にぎわいます。
 
県下一の茶園(伯太町)
町を代表する特産物はお茶。お茶の生産量、栽培面積(約50ヘクタール)ともに県下一。独特の香りと風味があり、「伯太茶」として山陰両県はもとより京阪神まで広くその名を知られています。
 
母里窯(伯太町)
弘化元年(1844)に開窯された出雲地方最大の8室を擁する登り窯。一貫した手づくり工法を守り、伝統の良さを伝えています。
  
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